全台鉄路商務総局鉄道(ぜんたいしょうむそうきょくてつどう)は台湾の基隆から台北と、台北から新竹に至る2つの鉄道路線(現在の縦貫線北段の前身)で構成されており、清朝統治時代に台湾巡撫として赴任した劉銘伝により推進され、全台鉄路商務総局(中国語版)(繁体字: 全臺鐵路商務
19キロバイト (1,869 語) - 2019年1月22日 (火) 14:38



(出典 jp.blog.kkday.com)


台湾の鉄道は日清戦争の前にありました。それを発展させたのは日本です。


中国メディアの環球網は13日、台湾博物館にある「台湾鉄道の父」の説明文に対し、国民党の蔡正元(ツァイ・ジョンユアン)氏が皮肉を込めた投稿をしたと報じた。
記事は、台湾・中時電子報の報道を引用。問題視されたのは正式な対外営業が始まったばかりの鉄道部パークにある説明文で、中時電子報によると、「台湾鉄道の父」とされたのが台湾近代史に詳しい人が思い浮かべる台湾の劉銘伝(リウ・ミンチュアン)ではなく日本人長谷川謹介だったことがある見学者に驚きを与えたそうだ。
環球網は、長谷川について「台湾総督府の民政長官、後藤新平の招きを受けて1899年に台湾へ。1906年から鉄道部の部長を務めた」との紹介があることに触れた上で、「だが劉銘伝は1885~91年に初代巡撫を務めている。当時、甲午戦争(日清戦争)は起きておらず、いわゆる『台湾総督府鉄道部長』などは言うまでもない」と指摘。「報道によると、1887年に劉銘伝が奏上して成立した『全台鉄路商務総局』は台湾鉄道建設の発端となった」「1893年(一説には1891年)に鶏籠‐竹塹が開通。長谷川の鉄道部長就任はそれから13年(もしくは15年)先のことだ」という説明も加えた。
そして、蔡氏がこの件について12日にフェイスブックに「台湾独立派は日本人を拝まなければどうやって生きていくというのだろう」という趣旨の投稿をしたことを伝えた。(翻訳・編集/野谷

中国メディアの環球網は13日、台湾博物館にある「台湾鉄道の父」の説明文に対し、国民党の蔡正元氏が皮肉を込めた投稿をしたと報じた。資料写真。


(出典 news.nicovideo.jp)




p9qu32ikfqa

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その記述が誤りなら、資料を元に正確な情報へ変えたほうが良い。作為的なら尚の事。右や左の派閥の問題ではなく、情報に誤りがある事が問題だ。

孤犬(Maxxie)

孤犬(Maxxie)

ライト兄弟の前に飛行飛ばした人間がいるみたいなもんで知名度がないだけじゃないの?やった規模の違いかもしれないし、何か理由があるんでしょ?

れお犬

れお犬

作られた『真実』でなく『事実』を述べよ。後か先かではなく業績実態にて認定すれば良い。日本人であれ台湾人であれ、それが事実であるなら相応の敬意が払われるだろう。

iwan

iwan

軽く調べたが、確かに最初に鉄道建設に関わったのは劉銘伝氏。 ただし、日本統治時代の鉄道運営では、最初の路線が低水準だったため、引き継がれた線路は0.8kmで、後は全部建て直し。 そして、現在の台湾の鉄道基盤は、日本統治時代ものををかなり引き継いでる。 台湾史初の鉄道か、現在の鉄道システムの元祖か。 どっちの意味で長谷川氏を「鉄道の父」と言っているのかな?

エフィア

エフィア

↑の通りなら、劉さんが産みの母で、長谷川さんが育ての父なら良さげ

風野妖一郎

風野妖一郎

母と父はいい表現だな。建て直すにしても用地は取得済みなわけだから、長谷川氏の仕事はだいぶ楽だったろう