ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 路面電車


    富山地方鉄道株式会社(とやまちほうてつどう、英: TOYAMACHIHO RAILROAD CO.,LTD.)は、富山富山市及び、富山県東部を基盤とする中規模私鉄である。通称は地鉄(ちてつ、英称:Chitetsu)ないしは富山地鉄。本社は富山富山市桜町一丁目1番36号。 富山地方鉄道
    91キロバイト (12,958 語) - 2020年3月21日 (土) 04:38



    (出典 www.rail-travel.net)


    富山港線が富山地方鉄道のレールとつながりました。

    1 花火祭り ★ :2020/03/21(土) 06:10:56 ID:fsHRWp6o9.net

     JR富山駅をはさみ富山市内の南北を走る2つの路面電車の路線が21日に接続し、直通運転を開始するのを前に、開通を祝う式典が20日、同駅で開かれた。市民の悲願だった南北の交流活性化や観光振興が期待され、鉄道関係者やファンらが盛大に祝福した。

     明治41(1908)年の富山駅開業以来、市街地は長く南北に分断されていたが、平成27年の北陸新幹線開通に伴う駅の高架化で、2つの路面電車の接続が可能に。次世代型路面電車(LRT)による全長約15キロの直通交通網が完成する。

     式典では森雅志・富山市長が「富山市民100年の夢が実現する」とあいさつ。「富山つながる、ひろがる。」とデザインされた記念のラッピング車両が披露された。

    路面電車の南北接続を記念してラッピングされた車両にカメラを向けるファンら=20日午後、富山市

    (出典 prt.iza.ne.jp)


    http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/200320/lif20032021230046-n1.html


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    富山港線(とやまこうせん)は、富山富山市の富山駅北停留場から同市の岩瀬浜駅までを結ぶ富山地方鉄道の軌道・鉄道路線である。 現在は富山地方鉄道の路線であるが、元は富岩鉄道によって開業した鉄道路線で、昭和10年代に富山電気鉄道と合併、富山電気鉄道が富山地方鉄道へ社名変更した後に戦時買収により国有化さ
    86キロバイト (11,710 語) - 2020年3月19日 (木) 00:33



    (出典 psumega.sakura.ne.jp)


    戦時中に国有化されたが再び富山地方鉄道の路線になった。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/03/20(金) 08:26:26 ID:JK3Pa07K9.net

    3月21日、富山駅の南北から延びていた路面電車、富山港線と富山軌道線が、いよいよ接続されます。
    接続する2路線のうち、富山駅と岩瀬浜駅を結ぶ富山港線は、かつては私鉄の路線として開業しましたが、国鉄、JR、第三セクターを経て、再び私鉄路線となった経歴を持つ路線です。
    この多くの経歴を持つ路線には、どのような歴史があったのでしょうか。

    私鉄路線として開業した富山港線

    富山港線の終点である岩瀬浜駅の周辺は、江戸時代から明治初期にかけては、日本海側を巡る「北前船」の寄港地として栄えていました。
    北前船は鉄道の発達とともに次第に衰退していきましたが、岩瀬はその後も重要港湾としての地位にあり続けました。そして、その岩瀬から富山市街地へ連絡する路線の建設を目指したのが、「富岩(ふがん)鉄道」です。
    富岩鉄道は、1924年に富山口~岩瀬浜間を開業。1927年に富山~富山口間を延伸し、富山駅と岩瀬浜を結ぶ、現在の富山港線の原型を形作りました。
    ところで、当時の富山には、富山軽便鉄道、富山県営鉄道、越中電気軌道、富山電気鉄道など、多くの鉄道会社が存在していました。
    そのうちの1つ、富山電気鉄道の創立者である佐伯宗義は、県内の各市街を鉄道路線で結ぶ「一県一市街化」構想という、当時の地方都市としては画期的な計画を持っていました。
    この構想を進めるため、富山電気鉄道はまず、1931年に立山鉄道と合併。自社で建設した区間と組み合わせ、富山~滑川間、富山~岩峅寺間を結ぶ路線が誕生しました。
    そして1943年には陸上交通事業調整法に基づき、県内の民鉄・公営鉄道を全て吸収。社名を改称し、富山地方鉄道となりました。
    富山県内の私鉄として事業を営んでいた富岩鉄道もこの流れに呑まれ、富山地方鉄道誕生の2年前となる1941年に富山電気鉄道へ吸収合併。
    富岩鉄道の路線は富山電気鉄道富岩線となりました。

    国有化されるもローカル線に

    1943年、富岩線は大変革を迎えます。重要港湾である岩瀬へのアクセス路線となっていた富岩線は、大陸への軍事輸送に資する路線として国有化されることとなったのです。
    同年1月に富山地方鉄道富岩線となったのもつかの間、6月には鉄道省管轄の富山港線となりました。
    戦争遂行のために国有化された富山港線ですが、戦後は大陸への軍事輸送という目的を失い、富山駅から伸びる1ローカル線といった扱いとなりました。富山における港の中心も、1968年には新湊市(当時)へ移り、岩瀬の地位は低下していきます。
    戦後、国内各路線で電化が進められ、北陸本線も1969年までに全線が電化されましたが、富山駅を含む田村~糸魚川間は、地方ではコスト面のメリットがある交流電化となりました。
    一方、私鉄時代に直流で電化されていた富山港線は、国有化後も電化方式が変更されることはありませんでした。そのため、1985年に交直両用の457系が投入されるまでは、全国各地から旧型車両が集められ、運用されていました。
    国有化後の富山港線の車両は、各地の買収国電からやってきた車両が主流。1967年の架線電圧昇圧によりこれらの老朽車は一掃されたものの、代替車両は最後の近距離用旧型国電形式である72系でした。
    JR西日本が宇野線に改造投入したクモハ84形を除くと、富山港線は国内で最後まで72系が使用された路線となっていました。
    1985年に72系が置き換えられた後も、富山港線の扱いは良いものではありませんでした。富岩鉄道時代は30分に1本の間隔で運転されていた列車も、末期には定期列車20往復のみ。
    うち2往復は休日運休となっていました。さらに、2001年にはラッシュ時を除く時間帯の列車に、キハ120形が導入。富山港線は電化路線であるにも関わらず、コスト削減のために気動車が投入されることとなったのです


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200320-30000225-tetsucom-ind&p=2
    3/20(金) 8:05配信


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    想い出の鉄道シーン58 富山港線 73系


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    想い出の鉄道シーン61 富山港線73系さよなら運転


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    (出典 kura1.photozou.jp)


    路面電車が再評価されるのも嬉しいですね。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/03/01(日) 14:33:36 ID:2n2HCrdB9.net

    鉄道業界関係者、鉄道ファン、そして中心市街地空洞化に悩まされてきた地方自治体関係者の間には、2000年前後から路面電車に対して大きな期待が膨らんでいた。

    昭和30年代後半をピークに、路面電車は日本全国から次々と姿を消した。それでも、日本各地で路面電車はしぶとく生き残っている。

    発車時などにチンチンと合図をすることから、路面電車は“チンチン電車”と呼ばれて市民に親しまれてきた。
    昭和期には、地域住民の主要交通機関だったから、「チンチン電車に乗って学校に通った」
    「週末に親と一緒に繁華街へ行く時に乗った」……そうした幼少期の原体験から、路面電車にノスタルジーを抱く人は少なくない。

    2000年代に起こった路面電車を再評価する機運は、そうした「昔を懐かしむ」「昔はよかった」といった流れから出てきた話ではない。
    路面電車が、荒廃した街の再生に寄与するという正当な評価・判断によるところが大きい。

    「鉄道は移動手段」でしかない一般利用者にとって、「路面電車は次世代を担う交通機関」と主張されても困惑するばかりだろう。
    しかし、路面電車を整備することには、多くのメリットがある。

    鉄道業界関係者、鉄道ファン、地方自治体関係者にとって説明不要と思われるほど繰り返し提唱されてきた路面電車を再評価する機運だが、一般的に浸透しているとは言い難い。
    そうした路面電車に対する受け止め方は濃淡が激しいので、念のために2000年前後に起きた路面電車再評価までの流れをおさらいしておきたい。

    昭和30年代をピークに衰退していった路面電車は、大都市なら地下鉄、中小都市ならバスに代替された。

    路面電車と比べて、地下鉄はスピードが速い。そのために駅間を移動する際の所要時間は短くて済む。
    また、輸送量は比べ物にならないほど多い。鉄道事業者から見れば、地下鉄は効率的な輸送が可能だ。
    路面電車のように自動車と混じって走ることもないから、時間通りに運行するという定時性も確保しやすい。これらが、地下鉄のメリットといえるだろう。

    しかし、路面電車に比べると地下鉄は駅間が長い。
    そのため、小回りがきかない。また、乗降するには駅階段の上り下りを強いられる。バリアフリーの観点からいえば、地下鉄は誰もが利用しやすい公共交通機関とは言い難い。
    また、地下鉄の乗り換えでは「これは別の駅なのではないか?」と感じるほど、歩かされる駅も多い。

    若い頃だったら何も感じない距離でも、年を重ねるとキツく感じる。高齢社会を迎えた今、いたずらに体力を消耗させられる地下鉄は時代にそぐわない公共交通と化している。

    地下鉄は地下に建設されるため、工費は莫大になる。地理的条件や時代によって大きく異なるが、地下鉄は1キロメートルあたりの建設費が200億超。
    これに日々のメンテナンス代が重くのしかかる。人口減少によって税収が先細りする日本において、地下鉄は分不相応な公共交通になっている

    それでは、バスと比べたらどうか? バスの場合、道路を走るので、鉄道のような専用の走行空間を整備する必要はない。
    そこだけを見れば、経済効率はいい。また、道路を走るので路線は自由に設定できる。ニュータウンが造成されて地域の人口が急増したり、
    大きなショッピングモールなどがオープンしたりといった動線・環境の変化などには柔軟に対応できる。
    逆に、大学が移転した、工場が閉鎖されたといった理由から不要になった路線を廃止することも容易だ。そういった点では、バスは無駄が少ない。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200301-00611037-shincho-soci
    3/1(日) 11:02配信


    (出典 news.mynavi.jp)


    (出典 getnavi.jp)


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    (出典 www.sankei.com)


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    (出典 org.smartmagazine.jp)


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    (出典 www.kenbou.net)


    路面電車が走っていた名残がありますね。

    1 みつを ★ :2020/01/26(日) 00:55:33 ID:92bZk5Ej9.net

    【東京】お茶の水橋の工事で、アスファルトの下から昔の「都電の線路」発掘 76年間地下に眠る

    2020/01/26

    https://twitter.com/nosuke0607/status/1220956556939780098?s=21


    お茶の水橋の工事で、アスファルトの下から昔の「都電の線路」が発見されたと聞き見てきました。出土したのは1930年製のレール。

    ちなみにこの路線は、1970年代の都電廃止時より更に昔の1944年の廃止で、戦時下不要路線とされた錦町線の線路です。以来76年間地下に眠っていたわけです。


    (出典 pbs.twimg.com)

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    (出典 cdn3.railf.jp)


    距離が変わると運賃も変わる。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/01/09(木) 06:14:14.65 ID:aGoMTSnl9.net


    (出典 image.news.livedoor.com)



    (出典 image.news.livedoor.com)


    阪堺電気軌道 阪堺線 恵美須町停留場は、現在地から100m南に新設中の1面1線のホームに移す。2月1日から供用を開始する。

    これまでは、降車ホームと乗車ホームの2面あるくし形2面1線。閉鎖中の線路を含めると2面2線だった。新たなホームは、シンプルな1面1線に。

    この移設は、一昨年の台風21号で被災した駅施設の復旧にあわせた取り組みで、バリアフリー化を整え利便性を向上させる。

    この新駅舎移設にともない、恵美須町から各駅の営業キロ程が変更に。一部区間で定期旅客運賃などが変わる。

    定期旅客運賃が変更する区間は、恵美須町~神明町が9kmから8kmへ(通勤・通学とも)、恵美須町~浜寺駅前が15kmから14kmへ(通勤のみ)。

    登録型割引サービスの上限運賃が変更される区間は、恵美須町~細井川が6kmから5kmへ(一般のみ)、恵美須町~神明町が9kmから8kmへ(一般・学生)、恵美須町~浜寺駅前が15kmから14kmへ(一般のみ)。

    2月1日以降は、旧ホームをすべて閉鎖する。


    (出典 image.news.livedoor.com)


    https://news.livedoor.com/article/detail/17636843/
    2020年1月8日 20時24分 鉄道チャンネルニュース


    (出典 xn--78ja8136e.up.seesaa.net)


    (出典 blogimg.goo.ne.jp)


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