ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 路面電車



    (出典 blog-imgs-113.fc2.com)


    進んでいます。

    流線形の外観が明らかに!

    宇都宮市2020年10月20日(火)、建設が進められている「芳賀・宇都宮LRT」について、車両の製造風景を公開しました。

    車両は先頭が流線形となっている、3両編成の低床車両。2018年7月に外観デザインが決定されたあと、製造が進められていました。2020年度末には1編成目が納車され、その後車両の愛称募集や、乗車体験のイベントが予定されています。

    車両には常に空気を入れ替える循環システムを採用。走行するための電気には、近隣のゴミ処理施設「グリーンパーク茂原」で焼却熱を利用したクリーンエネルギーが活用されます。

    「芳賀・宇都宮LRT」はJR宇都宮駅と芳賀町の工業団地などを結ぶ、14.6kmのLRT(次世代型路面電車システム)。開業は2022年3月を見込んでいます。

    公開された車両の製造風景(画像:宇都宮市)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【新路線「芳賀・宇都宮LRT」車両が着々と製造中 2022年開業予定】の続きを読む



    (出典 www.jalan.net)


    ドラマティックな映像。

     光の帯の間をゆっくりと進む路面電車……。ある“不思議なカメラ”で撮影した映像が「こんな映像見たことがない」「どうやって撮るの?」と静かに感動を呼んでいます。

    【動画】「謎の時空カメラ」で撮影した路面電車の様子

     動画を制作したのは「廃止となった北海道ローカル線を旅情たっぷりに映した動画」、「ディープでレトロな情景をまとめた阪堺電車の動画」など、鉄道と鉄道員への深い愛情を感じる鉄道動画を多数公開してきた、特急ぬめりさん。

     今回は「路面電車」の夜の風景と車両の音、運転士の様子を組み合わせた作品です。

     動画には全国各地の路面電車が登場します。高知・とさでん交通の名物「ダイヤモンドクロス」なども収録されています。

     街の風景を映したシーンで、路面電車ゆっくりと動いているのに、周りの車は光の帯となってシュン! と流れていく……。とても幻想的な映像です。ちょっとカメラに詳しければ、どちらかは撮れそうとは思いますが、この両方を撮るのにはどうすればいいのでしょう……。

     ぬめりさんによると、撮影した機材は「時空カメラ」というもの。聞き慣れない名前ですが、筆者にはちょっと難しい(笑)ので、詳しくはぬめりさんの解説ツイートを参照ください。ともあれ、路面電車だけが取り残されたような……本当に異なる時空を見ているようで、時が経つのも忘れてしまいます。

     Twitterでは「めっちゃきれい」「好きでたまらん」などの作品への反応に加え、時空カメラとはどんなものなのかを予想したり想像したりするコメントも寄せられました。

     美しくて不思議な映像を生み出す時空カメラを使った、次の鉄道動画にも期待です!

    謎の「時空カメラ」で撮影した路面電車の映像が美しいと話題に


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【「こんな映像見たことない」「どうやって撮るの?」 謎の「時空カメラ」で撮影した路面電車の映像が美しすぎる】の続きを読む



    (出典 i.ytimg.com)


    いろいろ事情があるみたいです。

    丈夫で錆に強い金属であるステンレスを使った銀色車体の鉄道車両は、いまや日本中で見られますが、路面電車の採用例はほとんどありません。なぜでしょうか。クルマと一緒に走る環境ならではの理由があります。

    丈夫だと不利? 路面電車の走る環境

    鉄道車両のうち、首都圏で定着した銀色のステンレスカー。ステンレスは錆に強く、薄くしても丈夫といった利点から、通勤形から特急形の車両まで幅広く採用されています。

    しかし、日本の路面電車には現在のところ、ステンレスカーはほとんどありません。2000年代に入ってから盛んに製造されている超低床路面電車も、すべて車体は鋼鉄製です。その理由は何でしょうか。

    先述の通り、ステンレスは薄くしても丈夫ですが、加工や溶接がたいへん難しい金属です。一般のステンレスカーであっても、形状が複雑な正面だけは鋼鉄やFRP(繊維強化プラスチック)が用いられるケースが多く見られるほどです。実はこの性質が、路面電車へのステンレス採用を阻んでいます。

    路面電車は道路を走るという特性から、クルマとの接触事故のリスクがほかの鉄道よりも高くなります。

    鋼鉄であれば、事故でへこんだ部分を切り取って新しい鋼板を溶接したり、反対側から叩いて形をならし、パテで成型したりすることで、比較的容易に車体を修復できます。しかしステンレスの溶接には専用の工具が必要です。また、へこんだ箇所を鋼鉄のように叩いても、曲げ加工の難しい性質が邪魔をして、折れ曲がった部分を元のように直すことはできません。そのため、路面電車では修復のしやすい鋼鉄製の車両がいまでも製造されているのです。

    なお、路面電車ステンレスを採用した例は、踏切を除き路面区間がまったくない東急世田谷線300系ですが、車体の一部に使われているにとどまっています。

    このほか路面電車ではありませんが、道路を走る区間がある鉄道の江ノ島電鉄500形が、車体の大部分にステンレスを採用しています。これは江ノ島電鉄が海辺を走ることから、塩害防止という観点で、錆に強いステンレスの利点を買われての採用です。

    富山地方鉄道9000形の車体は銀色だが、これは鋼鉄の車体を銀色に塗っており、ステンレスではない(2010年1月、児山 計撮影)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【薄くても丈夫 錆びに強い…はずのステンレスカーが路面電車でほとんど普及しない理由】の続きを読む


    富山地方鉄道株式会社(とやまちほうてつどう、英: TOYAMACHIHO RAILROAD CO.,LTD.)は、富山富山市及び、富山県東部を基盤とする中規模私鉄である。通称は地鉄(ちてつ、英称:Chitetsu)ないしは富山地鉄。本社は富山富山市桜町一丁目1番36号。 富山地方鉄道
    91キロバイト (12,958 語) - 2020年3月21日 (土) 04:38



    (出典 www.rail-travel.net)


    富山港線が富山地方鉄道のレールとつながりました。

    1 花火祭り ★ :2020/03/21(土) 06:10:56 ID:fsHRWp6o9.net

     JR富山駅をはさみ富山市内の南北を走る2つの路面電車の路線が21日に接続し、直通運転を開始するのを前に、開通を祝う式典が20日、同駅で開かれた。市民の悲願だった南北の交流活性化や観光振興が期待され、鉄道関係者やファンらが盛大に祝福した。

     明治41(1908)年の富山駅開業以来、市街地は長く南北に分断されていたが、平成27年の北陸新幹線開通に伴う駅の高架化で、2つの路面電車の接続が可能に。次世代型路面電車(LRT)による全長約15キロの直通交通網が完成する。

     式典では森雅志・富山市長が「富山市民100年の夢が実現する」とあいさつ。「富山つながる、ひろがる。」とデザインされた記念のラッピング車両が披露された。

    路面電車の南北接続を記念してラッピングされた車両にカメラを向けるファンら=20日午後、富山市

    (出典 prt.iza.ne.jp)


    http://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/200320/lif20032021230046-n1.html


    【【鉄道】ようやく南北接続へ…富山の路面電車】の続きを読む


    富山港線(とやまこうせん)は、富山富山市の富山駅北停留場から同市の岩瀬浜駅までを結ぶ富山地方鉄道の軌道・鉄道路線である。 現在は富山地方鉄道の路線であるが、元は富岩鉄道によって開業した鉄道路線で、昭和10年代に富山電気鉄道と合併、富山電気鉄道が富山地方鉄道へ社名変更した後に戦時買収により国有化さ
    86キロバイト (11,710 語) - 2020年3月19日 (木) 00:33



    (出典 psumega.sakura.ne.jp)


    戦時中に国有化されたが再び富山地方鉄道の路線になった。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/03/20(金) 08:26:26 ID:JK3Pa07K9.net

    3月21日、富山駅の南北から延びていた路面電車、富山港線と富山軌道線が、いよいよ接続されます。
    接続する2路線のうち、富山駅と岩瀬浜駅を結ぶ富山港線は、かつては私鉄の路線として開業しましたが、国鉄、JR、第三セクターを経て、再び私鉄路線となった経歴を持つ路線です。
    この多くの経歴を持つ路線には、どのような歴史があったのでしょうか。

    私鉄路線として開業した富山港線

    富山港線の終点である岩瀬浜駅の周辺は、江戸時代から明治初期にかけては、日本海側を巡る「北前船」の寄港地として栄えていました。
    北前船は鉄道の発達とともに次第に衰退していきましたが、岩瀬はその後も重要港湾としての地位にあり続けました。そして、その岩瀬から富山市街地へ連絡する路線の建設を目指したのが、「富岩(ふがん)鉄道」です。
    富岩鉄道は、1924年に富山口~岩瀬浜間を開業。1927年に富山~富山口間を延伸し、富山駅と岩瀬浜を結ぶ、現在の富山港線の原型を形作りました。
    ところで、当時の富山には、富山軽便鉄道、富山県営鉄道、越中電気軌道、富山電気鉄道など、多くの鉄道会社が存在していました。
    そのうちの1つ、富山電気鉄道の創立者である佐伯宗義は、県内の各市街を鉄道路線で結ぶ「一県一市街化」構想という、当時の地方都市としては画期的な計画を持っていました。
    この構想を進めるため、富山電気鉄道はまず、1931年に立山鉄道と合併。自社で建設した区間と組み合わせ、富山~滑川間、富山~岩峅寺間を結ぶ路線が誕生しました。
    そして1943年には陸上交通事業調整法に基づき、県内の民鉄・公営鉄道を全て吸収。社名を改称し、富山地方鉄道となりました。
    富山県内の私鉄として事業を営んでいた富岩鉄道もこの流れに呑まれ、富山地方鉄道誕生の2年前となる1941年に富山電気鉄道へ吸収合併。
    富岩鉄道の路線は富山電気鉄道富岩線となりました。

    国有化されるもローカル線に

    1943年、富岩線は大変革を迎えます。重要港湾である岩瀬へのアクセス路線となっていた富岩線は、大陸への軍事輸送に資する路線として国有化されることとなったのです。
    同年1月に富山地方鉄道富岩線となったのもつかの間、6月には鉄道省管轄の富山港線となりました。
    戦争遂行のために国有化された富山港線ですが、戦後は大陸への軍事輸送という目的を失い、富山駅から伸びる1ローカル線といった扱いとなりました。富山における港の中心も、1968年には新湊市(当時)へ移り、岩瀬の地位は低下していきます。
    戦後、国内各路線で電化が進められ、北陸本線も1969年までに全線が電化されましたが、富山駅を含む田村~糸魚川間は、地方ではコスト面のメリットがある交流電化となりました。
    一方、私鉄時代に直流で電化されていた富山港線は、国有化後も電化方式が変更されることはありませんでした。そのため、1985年に交直両用の457系が投入されるまでは、全国各地から旧型車両が集められ、運用されていました。
    国有化後の富山港線の車両は、各地の買収国電からやってきた車両が主流。1967年の架線電圧昇圧によりこれらの老朽車は一掃されたものの、代替車両は最後の近距離用旧型国電形式である72系でした。
    JR西日本が宇野線に改造投入したクモハ84形を除くと、富山港線は国内で最後まで72系が使用された路線となっていました。
    1985年に72系が置き換えられた後も、富山港線の扱いは良いものではありませんでした。富岩鉄道時代は30分に1本の間隔で運転されていた列車も、末期には定期列車20往復のみ。
    うち2往復は休日運休となっていました。さらに、2001年にはラッシュ時を除く時間帯の列車に、キハ120形が導入。富山港線は電化路線であるにも関わらず、コスト削減のために気動車が投入されることとなったのです


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200320-30000225-tetsucom-ind&p=2
    3/20(金) 8:05配信


    (出典 upload.wikimedia.org)


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    (出典 stat.ameba.jp)



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    想い出の鉄道シーン58 富山港線 73系


    (出典 Youtube)

    想い出の鉄道シーン61 富山港線73系さよなら運転


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