ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 廃線



    (出典 blog-imgs-113.fc2.com)


    想像の中で旅をするしかないです。ちなみに名寄本線の跡地には熊がいることもあります。

    時刻表や地図、ガイドブックなどを傍らに行程をつくり、そこから空想で「行ったつもり」になる旅を「机上旅行」といいます。国鉄が分割民営化されJRとなった1987年北海道を舞台に、廃線区間を経由して、稚内~函館間を机上旅行します。

    時刻表や地図、ガイドブックを傍らに 「行ったつもり」の机上旅行

    鉄道旅行の醍醐味はさまざまですが、出かける前の「行程づくり」に夢中になる人も少なくありません。その「行程づくり」にだけ特化した楽しみ方を「机上旅行」といいます。つまり机上旅行とは、時刻表などで旅の行程を組み立て「行ったつもり」になる旅のこと。時刻表を読み物として活用している例といえるでしょう。

    松本清張の有名な推理小説『点と線』では、病床の女性が時刻表たまたま入手し、見知らぬ地名を、その字面からどんな場所であるか想像したり、現在時刻に駅を発着する列車に想いを馳せたりしています。これも机上旅行の範疇に含まれると筆者(蜂谷あす美:旅の文筆家)は思います。

    机上旅行へ出かけるために、必要なのは時刻表。また、地図やガイドブックなどがあれば、「何を食べるか」「どこで観光するか」といったより具体的な旅が仕上がります。

    あくまで机上の旅であるため、実現可能性を追及する必要はありません。実際の旅であれば、「ここで食事を取る」とか「休憩を挟む」「宿を予約する」それに「費用がいくらかかるか」など、事前にある程度、考えるべきことがありますが、机上の旅行者はそういった懸念事項から解放されています。体力面を無視して「朝一番に出発して、ひたすら鈍行(普通)列車で移動する」ハードな行程も、先立つものを気にせず「新幹線と特急列車のみを利用する」豪華な旅も可能です。

    1987年のJR時刻表で、稚内~函館間 廃線も通る旅

    つまり、ダイヤ上で問題なく乗り換えさえできればよく、加えて実際の旅のように「予想していたのと違った」といったしょっぱい思い出がこさえられることもありません。ある意味で、机上旅行は本当の旅よりもずっと自由です。

    また、机上旅行は必ずしも「いま」でなくても構いません。古い時刻表を持っているのなら、それを使って時代を超えてみるのもおもしろいでしょう。

    ちょうど私の手元には、国鉄からJRに移管されたばかりの1987(昭和62)年4月の時刻表(復刻版)があるので、これを使って旅に出てみようと思います。

    前述のとおり、机上旅行はダイヤ上問題なければ、あとは自由なわけですが、あえてルールを作ったほうが盛り上がります。そこで今回は、(1)鈍行列車で、(2)いまは存在しない路線を中心に利用して、(3)ひと筆書きで、(4)北海道稚内駅から函館駅まで机上の旅してみることにしました。

    「ここまでルールを課しておけば、あとは1本道だろう」と思い、まずは索引地図を開きます。稚内から音威子府(おといねっぷ)までは天北線(1989〈平成元〉年廃止)を選んだものの、南下した先の名寄で悩みます。深名線(1995〈平成7〉年廃止)で道央方面に向かうコースと、名寄本線1989年廃止)で道東方面に向かうコースがあるためです。ここは後者を選びます。

    続いて悩ましいのが、北見から池北線第三セクターに移管後2006〈平成18〉年廃止)に乗り南下するか、網走から釧路方面に向かう釧網本線で途中の標茶(しべちゃ)まで行き、そこから標津(しべつ)線(1989年廃止)に乗るかです。

    いまはなき中標津駅などを経由 行程は3日間

    机上の旅であるため、色々な行程を作ればいいのですが、路線図を眺めているうちにまるで実際の旅の予定を立てている気になってしまい、「せっかく行くのなら、最善のルートにしたい」と思ったり、少し長めの停車時間を見つけて「この時間で改札を出て駅舎の撮影ができる!」と嬉しくなったりしました。こんなふうにああでもない、こうでもないと悩んだ末に、私が敢行した机上旅行は次のとおりです。

    1987年4月の時刻表を基にした机上旅行 行程(※は廃止路線)
    ・1日目:「稚内」0527発(天北線 音威子府行き※)0905着「音威子府1017発(宗谷本線 名寄行き)1136着「名寄」1202発(名寄本線 遠軽行き※)1528着「遠軽」1611発(石北本線 網走行き)1846着「網走」
    ・2日目:「網走」0644発(釧網本線 釧路行き)0946着「標茶」1006発(標津線 根室標津行き※)1109着「中標津1303発(標津線 厚床行き※)1408着「厚床」1511発(根室本線 釧路行き)1709着「釧路」1807発(根室本線 新得行き)2213着「新得」
    ・3日目:「新得」0803発(石勝線 特急「おおぞら2号」 札幌行き)0908着「新夕張」0913発(石勝線 手稲行き)0946着「追分」1000発(室蘭本線 苫小牧行き)1039着「苫小牧1202発(函館本線 長万部行き)1509着「長万部1623発(函館本線 函館行き)1943着「函館」

    現在の地図と比べると… 廃線区間は路線バスで代替可能

    あまり美しい行程とは思えず、少しだけ落ち込む思考回路も含めて、ふだんの旅とさして違いはありません。

    ここであらためて、最新の時刻表で索引地図を開いてみます。

    あれ?ずいぶんさっぱりしている……!」

    思わず声に出ました。1987(昭和62)年の時刻表を読んでいるうちに、私の脳内北海道路線図も当時のものに書き換えられていたのです。ちなみに私が古い時刻表を基にして作った行程のうち廃止区間については、路線バスで代替できます。時代を超えた旅をしたあとに、こんなふうに現代に当てはめてみるのも、おもしろさがあると気づきました。

    そして、時刻表を眺めて行程を作ってひとりで盛り上がっているうちに、結構な時間が経過していました。どんなときであっても、旅を想う心は自由であり、そして楽しさが溢れていると身をもって感じました。

    名寄本線は1989(平成元)年に廃止された。写真の上興部駅跡では、駅舎や車両が保存されている(2017年10月、草町義和撮影)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【廃線区間を経由し稚内~函館間の机上旅行 1987年のJR時刻表で 名寄本線や標津線を回る】の続きを読む


    東京都港湾局専用線(とうきょうとこうわんきょくせんようせん)は、かつて東京港に敷設されていた東京都港湾局運営の専用鉄道である。物流の主役がトラック輸送に移行したため1989年(平成元年)までに全廃となった。 東京においては、長らく対外貿易を横浜港に依存した体制が続いており、東京
    37キロバイト (5,871 語) - 2019年11月18日 (月) 12:44



    (出典 ishi-13th.com)


    都会の中にも鉄道の遺構があります。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2020/01/06(月) 02:10:17.08 ID:43RG64rG9.net

    東京都港湾局専用線、動き出した保存・公開への道

    高級マンションや大型ショッピングモールが並ぶ豊洲(東京都江東区)から、晴海(同・中央区)に向かう春海橋の横に、さび付いた鉄橋があります。
    これは、越中島と晴海ふ頭一帯を結んでいた、東京都港湾局の貨物専用鉄道の跡。
    一般には「晴海橋梁」「晴海鉄道橋」などと呼ばれ、1989(平成元)年に廃止されて以来、約30年にわたって撤去されずに残っています。

    都会の中の廃線跡として知られたこの鉄道橋が、近い将来、遊歩道として復活することになりそうです。
    東京都は2017年に臨海部の海上公園ビジョンを策定し、そのなかで晴海鉄道橋の遊歩道化を盛り込みました。

    その後しばらく動きはありませんでしたが、2019年7月に基本・実施設計に着手。
    大手建設コンサルタント会社のオリエンタルコンサルタンツに業務を委託して、いよいよ遊歩道化に向けて動き出しました。
    東京都港湾局開発整備課によれば、現在はどのくらい補修が必要なのか技術的な検討を行っている段階で、2020年春までに成果を得ることになっています。

    晴海鉄道橋を含む東京都港湾局専用線の晴海線が開業したのは、1957(昭和32)年12月17日のことですが、この鉄道の歴史を紹介するには、もう少し時計の針を戻す必要があります。

    戦後の復興を支えた東京都港湾局専用線

    戦前まで、東京湾には大規模な港がありませんでした。水深が浅く、大型船の航行に適さかったからです。
    晴海は「4号埋立地」として昭和初期に造成され、1940(昭和15)年に開催予定だった日本万国博覧会の会場となるはずでしたが、戦争の激化によって中止。
    代わりに、1941(昭和16)年5月20日、国際貿易港「東京港」が開港しました。

    しかし、新しい埋立地には鉄道や道路などのインフラがありません。
    そこで、総武本線の亀戸駅(東京都江東区)から小名木川貨物駅(現在の江東区北砂付近)まで延びていた貨物線を、豊洲の手前の越中島まで延伸することになりました。
    この路線は1945(昭和20)年3月に一応完成しましたが、すでに戦争末期で空襲も激しく、列車が走ることはありませんでした。

    戦後、晴海は芝浦や日の出などとともに連合国軍に接収されましたが、豊洲は接収を免れ、ここに経済復興の一環として石炭埠頭が建設されます。
    越中島まで来ていた貨物線を延伸し、1953(昭和28)年7月20日、深川線の越中島~豊洲石炭埠頭間2.6kmが開業。現在の豊洲市場水産卸売市場の辺りまで、線路が延びたのです。

    そして1957(昭和32)年、晴海地区が全面的に返還されると、ただちに晴海に至る専用線が建設され、同年12月17日に晴海線(深川線分岐点~晴海埠頭)2.2kmが開業しました。
    晴海鉄道橋は、この時に建設されたもので、国鉄が設計・建設し、完成後に東京都に引き渡されました。



    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200105-00010002-norimono-l13
    1/5(日) 14:01配信


    (出典 ishi-13th.com)


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    (出典 mapio.net)


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    (出典 www.hakanaki-jokei.com)


    【【地域】晴海・豊洲を走っていた鉄道 知られざる「東京都港湾局専用線」 遺構をたどる】の続きを読む



    (出典 tk.ismcdn.jp)


    中にはもったいないところもあります。旅客化して走らせれば、クロになったところもあると思います。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/11/23(土) 07:48:05 ID:sWwD8TD49.net

    鉄道廃線跡を利用した遊歩道やモニュメントは全国いたるところに存在する。中には、人里離れて訪問するのが至難の業な場所もあるけれど、観光地や市街地にあって誰もが手軽にアクセスできるものも多い。
    今回は、そうした中から気軽に楽しめる場所をリストアップしてみた。

    北海道の鉄道は過疎化が進んだこともあって廃線となった路線は数多い。それらをしのんで記念館やモニュメントを建てたり、廃線跡を活用した取り組みも目につく。そんな中で、まず取り上げたいのは観光で盛り上がる小樽市内にある旧手宮線跡地だ。

    ■北海道有数の観光地にある

    1)小樽旧手宮線跡地
    国鉄手宮線は北海道最初の鉄道である幌内―札幌―小樽市内にある手宮を結んでいた路線の一部として函館本線南小樽駅から手宮まで延びていた。

    旅客輸送は並行する函館本線に客を奪われ、貨物輸送もトラックに移行したため、使命を全うして廃止された。しかし、小樽市内の寿司屋通りから中央通りを経て手宮駅にいたる区間は、線路がほぼ残されたうえ、プロムナードとして整備された。

    とくに小樽駅前から小樽運河に至る中央通りとの踏切跡付近は多くの観光客でごった返し、人気観光スポットと化している。

    旧手宮駅は小樽市総合博物館となり、北海道ゆかりの名車両が多数保存展示されるとともに、アメリカ製のSLアイアンホース号が現役で走行しているので訪れる人も多い。

    2)JR稚内駅から北防波堤に至る廃線跡
    日本最北端の稚内駅。現在の駅は2011年に開業し、旧駅舎よりやや南に移転した。そこで、旧駅にあった最北端の線路の行き止まりの車止めは、復元のうえ、モニュメントとして駅前広場に展示中だ。

    その先、かつてのサハリンへの連絡船(稚泊航路)の船着場だった北防波堤まで延びていた線路は、その一部がモニュメントとして道路に埋め込まれている。

    北防波堤に沿って敷いてあった線路は跡形もないけれど、宗谷本線で活躍した蒸気機関車C55形の動輪が一対記念碑として置いてある。稚内駅からは徒歩圏内なので容易に散策できる。夏場でも、夕方は強風にあおられると寒いので要注意だ。 

    ■ハイキングに最適

    3)碓氷峠信越本線廃線跡(アプトの道) その急勾配ゆえに難所だった碓氷峠。北陸新幹線開業と引き換えに、信越本線横川~軽井沢間は廃止となってしまった。

    廃止区間は1963年までアプト式だった旧線と粘着式の電気機関車EF63形重連のプッシュorプルによって運行されていた新線があるけれど、それらをうまく組み合わせた遊歩道「アプトの道」が整備されハイキングコースとして人気を博している。

    旧丸山変電所やめがね橋(碓氷第3橋梁)といった名スポットや天然温泉「峠の湯」、野外ミュージアム「碓氷鉄道文化むら」もあるので1日楽しめる。ぶんかむら駅ととうげのゆ駅間には3~11月の週末限定(8月は毎日)でトロッコ列車「シェルパくん」も運転される。



    (出典 upload.wikimedia.org)


    (出典 stat.ameba.jp)


    (出典 news.mynavi.jp)


    (出典 rail.hobidas.com)


    (出典 hamarepo.com)


    (出典 dot.asahi.com)


    (出典 tks-departure.sakura.ne.jp)


    (出典 tech.nikkeibp.co.jp)


    (出典 tetsudou-guruguru.up.seesaa.net)


    (出典 upload.wikimedia.org)



    (出典 Youtube)

    国鉄相模線西寒川支線


    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191123-00313922-toyo-bus_all
    11/23(土) 5:00配信


    【【鉄道】もう列車が走らず残念!街中に眠る廃線跡10選】の続きを読む


    JTBグループで、テーマあるゆとり旅をコンセプトとした旅行商品を企画・販売する株式会社朝日旅行(本社:東京都港区、代表取締役社長:石森 隆)は、「ひとりを楽しむ」をコンセプトとしたWEBメディア「DANRO」とコラボレーションし、トンネル探究家の花田欣也氏と行く「トンネル探検隊がゆく!」シリーズ第3弾「旧北陸本線廃線跡に残る歴史的トンネル群 旧賎ヶ岳トンネルから旧柳ケ瀬線と難所・山中越えに残る明治の近代化遺産を巡る」を8月16日(金)に発売します。
    トンネル探検隊がゆく!」シリーズインフラでもあり産業遺産でもある「トンネル」そのものを観察対象にしたユニークツアーです。「トンネル」が作られた目的や歴史を考察し、材質や構造などからその時代背景まで読み解きます。ツアーのガイド役を務めるのは、『旅するトンネル』(本の研究社刊)の著者でトンネル探究家の花田欣也氏です。

    第1弾では、明治・大正・昭和・平成と4つの時代のトンネルがそろう静岡県宇津ノ谷を中心とした静岡の産業遺産を巡り、第2弾では、琵琶湖の絶景が広がる旧賎ヶ岳(きゅうしずがたけ)トンネルと現役最古の小刀根(ことね)トンネルを巡りました。いずれツアーも男女を問わず幅広い世代のお客様に全国より多数ご参加いただき、好評を博しました。

    曲谷トンネル(イメージ)
    第3弾は、10月12日(土)と11月9日(土)に新大阪・米原を出発する日帰り旅行として企画・実施します。福井県敦賀市滋賀県長浜市と連携・協力し、旧北陸本線の廃線跡に残る貴重な明治の産業遺産と鉄道の遺構を巡ります。昭和37年1962年)の北陸トンネル開通により廃線となった敦賀~今庄(いまじょう)間の旧線跡には11ものトンネルスイッチバックや駅跡などの遺構が残り、当時の面影を今に伝えています。敦賀市・長浜市に福井県南越前町を加えた地元自治体では、これらの貴重な遺産を保護・保存するだけでなく、現役の道路として利用し、「旧北陸線トンネルトンネルカード」を配布するなど観光素材としても活用、情報発信を行っています。歴史がつくり上げた貴重な遺産を専門家と共に巡ることで、その意義と価値の理解を深めながらお楽しみいただけます。

    政府の「観光ビジョン実現プログラム2019」には、地域振興に資する観光を通じたインフラの活用や、歴史や伝統に溢れる公的施設の公開・開放が盛り込まれています。また、国土交通省インフラツーリズムポータルサイトを開設し、全国のインフラ施設の見学会やツアーなどを紹介しています。

    JTBグループは、地域固有の観光資源としてインフラを活用するインフラツーリズムを推進し、地域創生に貢献してまいります。

    商品概要
    ツアーポイント
    トンネルの構造や成り立ち、歴史的背景を考察するなど、トンネルを観察対象にした極めてユニークツアーです。
    トンネル探究家の詳しい解説で楽しく学べる野外講座です。
    ・旧北陸本線の廃線跡に残る貴重なトンネル群をバスと徒歩で効率よく訪ねます。
    ・ハイキング程度の軽装で歩けます。

    コースの詳細
    出発日 :10月12日(土)・11月9日(土)【いずれも日帰り・昼食付き・貸切バス(中型)利用】
    旅行代金:JR新大阪駅集合 おひとり様 19,500円
         JR米原駅集合   おひとり様 16,000円 (大人・子供同額、いずれも税込)
    行程:JR新大阪駅(8:00頃)→JR米原駅10:15頃)→北陸道→旧賤ヶ岳トンネル→柳ヶ瀬トンネル(車窓)→
       敦賀鉄道資料館→旧北陸本線廃線跡~今庄・山中越えルートに残る11のトンネル群~→
       JR米原駅(18:10頃着)→JR大阪駅周辺(20:30頃着)
       ※道路状況によっては、トンネルが通行できない場合もあります。
    最少催行人員:各日16名(各日定員25名)
    添乗員:同行します
    申し込み先:朝日旅行ホームページ
          URL https://www2.asahiryoko.com/djweb/TourDetail.aspx?tc=J18267190000
          朝日旅行大阪TEL:06-6345-1613/東京TEL:03-6858-9811
    トンネル探究家 花田欣也(はなだ きんや)氏 愛称「ハナキンさん」
    トンネル探究家・ジオラマ製作者。1961年生まれ。東京都出身。旅行会社に勤務し、マレーシア、沖縄などで駐在経験を積む一方、ライフワークとして鉄道趣味を一貫して続ける。
    1995年、当時のJR全線を踏破。ジオラマ制作でも鉄道模型専門誌でのコンペ受賞をはじめ、作品を専門誌で多数紹介される。一方、トンネル歩きで全国各地を訪れ、その魅力に魅了される。
    2017年には全国各地のトンネル訪問記「旅するトンネル」(本の研究社刊)を出版。
    講演・シンポジウムや多くのメディアに出演するなど、貴重な産業遺産・トンネルの魅力発信に努めている。

    <お客様からのお問合せ先>
    朝日旅行大阪 TEL:06-6345-1613/東京TEL:03-6858-9811
    営業時間9:45~17:30(土・日・祝日休業)

    配信元企業:株式会社JTB

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    (出典 news.nicovideo.jp)

    「トンネル探検隊がゆく!旧北陸本線廃線跡に残る歴史的トンネル群 旧賤ヶ岳トンネルから旧柳ヶ瀬線と難所・山中越えに残る明治の近代化遺産を巡る」8月16日(金)発売開始:時事ドットコム - 時事通信
    [株式会社JTB] 朝日旅行「トンネル歩き」に特化したツアー第3弾は敦賀市・長浜市と連携! JTBグループで、テーマあるゆとり旅をコンセプトとした旅行商品を企画・販売する ...
    (出典:時事通信)


    北陸本線(ほくりくほんせん)は、滋賀県米原市の米原駅から石川県金沢市の金沢駅までを結ぶ西日本旅客鉄道(JR西日本)の鉄道路線(幹線)である。 滋賀県湖北地区の米原市から北上し、北陸地方の福井県を経由して金沢市の金沢駅に至る。米原駅では東海道本線、金沢駅ではIRいしかわ鉄道に接続している。2015年3
    182キロバイト (25,511 語) - 2019年7月25日 (木) 15:12



    (出典 www.nta.co.jp)


    廃線になった旧北陸線は交通の難所と知られていたところです。廃線跡のトンネルをめぐるツアーですね。見所があります。

    <このニュースへのネットの反応>

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    博多駅に直接乗り入れていた筑肥線、その名残をたどる 利用者が多くても廃止の理由 - 乗りものニュース
    福岡と佐賀を結ぶ筑肥線。福岡側の始発駅は西外れにあり、福岡市の中心部へは地下鉄に乗り入れています。最初は博多駅に直接乗り入れていましたが、ある施設の多さ ...
    (出典:乗りものニュース)


    筑肥線(ちくひせん)は、福岡県福岡市西区の姪浜駅から佐賀県唐津市の唐津駅まで、および唐津市の山本駅から佐賀県伊万里市の伊万里駅までを結ぶ九州旅客鉄道(JR九州)の鉄道路線(幹線)である。 かつては福岡(博多駅) - 伊万里間の短絡的性格を有し、唐津市街を通らないルートで直通する一本の路線だったが、
    56キロバイト (6,527 語) - 2019年6月2日 (日) 19:40



    (出典 upload.wikimedia.org)


    高架にしていれば、残っていたのかもしれません。そうであれば、快速運転(博多ー姪浜)も可能だったのかもしれません。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/06/03(月) 10:00:42.12 ID:6CsXB1bs9.net

    福岡と佐賀を結ぶ筑肥線。福岡側の始発駅は西外れにあり、福岡市の中心部へは地下鉄に乗り入れています。
    最初は博多駅に直接乗り入れていましたが、ある施設の多さが原因で廃止に。いまも残る鉄路の名残をたどってみました。

    地図では鉄路が途切れているが…

    JR九州の筑肥線は、福岡市から玄界灘に沿って西に進み、佐賀県の唐津方面へ延びています。
    ところが、福岡市内の始発駅は西外れの姪浜駅(福岡市西区)。
    同じJR線の駅で新幹線も乗り入れている九州最大のターミナル、博多駅には乗り入れていません。


    (出典 image.news.livedoor.com)

    筑肥線を走る電車。福岡市営地下鉄空港線に直通して博多駅に乗り入れている(2015年10月、草町義和撮影)。

    実際は筑肥線と福岡市営地下鉄空港線の列車が相互に乗り入れていて、地下鉄の博多駅から筑肥線方面に直通する列車が運転されていますが、
    地図によっては博多~姪浜間の地下鉄が描かれておらず、鉄道のネットワークが途切れているかのように見えます。

    筑肥線はかつて、博多駅に乗り入れていました。
    しかし、福岡市内を横断する博多~姪浜間は、現在の福岡市営地下鉄空港線の開業にあわせて廃止されたため、JR線のネットワークが途切れた状態になっているのです。

    2019年5月18日(土)、廃止された区間の跡地をたどってみました。
    博多駅の西側広場(博多口)から、JRの鹿児島本線や九州新幹線の線路沿いにある道路を南下。
    1.2kmほど歩いたところで、筑肥線の跡地を再整備した遊歩道(美野島緑道)が現れました。

    その幅は単線の鉄道くらいしかなく、緩やかなカーブを描きながら公園の脇を進んでいきます。
    遊歩道の終点付近が筑前簑島駅の跡地。プラットホームを模したオブジェと、駅名標のレプリカが設置されていました。


    (出典 image.news.livedoor.com)

    博多~筑前簑島間の跡地に整備された遊歩道


    (出典 image.news.livedoor.com)

    筑前箕島駅の跡地にはプロットホームを模したオブジェなどがある。


    (出典 image.news.livedoor.com)

    那珂川筑肥橋は蒸気機関車を模したデザイン。

    遊歩道が途切れた先は、「筑肥新道」という2車線の道路に生まれ変わっています。目の前に現れた橋の名も「那珂川筑肥橋」を名乗っており、ここが筑肥線の廃止区間であることを示しています。
    よく見ると、欄干の親柱は煙突のように見える丸い筒が飛び出ており、蒸気機関車を模したデザインになっていました。

    利用者数は「幹線」クラス
    民家やマンションに囲まれた筑肥新道をひたすら西へ。場所によっては自動車の渋滞も見られました。
    小笹駅の跡地を過ぎ、博多駅から5.5kmほど進んだ地点で筑肥線の跡地は筑肥新道から離れ、再び木々に覆われた遊歩道(梅光園緑道)になりました。
    週末ということもあってか遊歩道を散歩している沿道住民が多く、市民の憩いの場として活用されている様子がうかがえました。


    (出典 image.news.livedoor.com)

    小笹~鳥飼間の跡地に整備された遊歩道(2019年5月、草町義和撮影)

    http://news.livedoor.com/article/detail/16555747/
    2019年6月2日 15時0分 乗りものニュース


    (出典 home.att.ne.jp)

    h
    (出典 chinese.cocolog-nifty.com)


    (出典 smtrc.jp)


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