ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 廃駅



    (出典 blogimg.goo.ne.jp)


    気がつかずに通りすげている。

    人がたくさん住んでいる東京でも、廃止された駅がありました。利用者減少以外にもさまざまな理由が見られます。そうしたなかから、「路線は存続しているけれど廃止されてしまった駅」を紹介します。

    新駅開業の一方で東京都内にも多数ある廃駅

    2020年、東京では新駅がふたつ誕生しました。3月14日(土)の「高輪ゲートウェイ」と、6月6日(土)の「虎ノ門ヒルズ」です。人が集まるところ、新しいまちづくりが始まるところに駅ができます。一方、地方では過疎化によって利用者が減り、廃止される駅があります。しかし実は、東京でも廃止された駅がありました。人々が集まり鉄道の利用者が多い東京で、なぜ、駅が廃止されたのでしょうか。

    東京の廃駅の大御所といえば汐留駅でしょう。日本の鉄道開業時の新橋駅で、のちに貨物専用の汐留貨物駅となりました。2020年現在は再開発されて高層ビルが建ち並び、その一角に旧新橋停車場の一部が再現されています。これは貨物線そのものが廃止になったための廃駅です。

    ところが、路線は存続しているにもかかわらず、駅だけが廃止になった事例もあります。そのうち、地上駅を紹介します。

    関東大震災で被災「万世橋駅」(国鉄)

    万世橋駅は遺構が残っている駅としてよく知られています。現在のJR中央線 神田駅御茶ノ水駅のあいだにありました。2020年現在はショッピングモール「マーチキュート神田万世橋」になっています。プラットホームがあった場所はレストランオープンし、電車の通過を間近に眺めながら食事を楽しめます。

    立派な駅舎を持つターミナル駅だったが… 変化した交通環境

    万世橋駅は1912(明治45)年4月に中央本線ターミナル駅として開業しました。食堂や一等待合室もある立派な駅舎だったそうです。しかし7年後の1919(大正8)年に東京駅が開業したため中間駅となります。そしてさらに4年後の1923(大正12)年に起きた関東大震災で駅舎を失いました。復旧後の1925(大正14)年に東北本線秋葉原~神田間が開業し、市電のルートも変わるなど、付近の交通環境が変わります。

    1936(昭和11)年には駅に隣接して交通博物館ができました。しかし利用客は回復せず、1943(昭和18)年に万世橋駅は休止となりました。今度は再開されず、事実上の廃止となりました。

    空襲で壊滅 池上電気鉄道「桐ヶ谷駅」

    現在の東急電鉄池上線にあった桐ヶ谷駅は、1945(昭和20)年の東京大空襲で破壊され、その2か月後に休止扱いとなり、再開されないまま1953(昭和28)年に廃止されました。場所は大崎広小路~戸越銀座間です。1927(昭和2)年に池上電気鉄道が雪ヶ谷(現・雪が谷大塚)駅から桐ヶ谷駅まで延伸したときの終点でした。その2か月後には大崎広小路駅へ延伸して中間駅となります。

    桐ヶ谷駅はなくなりましたが、東京23区南部の人々には桐ヶ谷斎場として地名が知られています。桐ヶ谷斎場は江戸時代から続く荼毘所(だびしょ)で、1885(明治18)年に火葬場として霊源寺から独立しました。桐ヶ谷駅は斎場最寄り駅としても重要でしたが、東京大空襲で周囲が焼け野原になったこと、大崎広小路駅五反田駅まで近いことなどが廃止の理由になりました。

    東京大空襲関連の廃駅はほかにも、京浜電鉄の出村駅、東急東横線の並木橋駅、東武亀戸線の北十間駅などがあります。

    意図通りの効果がなかった「請地駅」「京成請地駅」

    1931(昭和6)年、東武鉄道伊勢崎線に請地(うけじ)駅を設置しました。業平橋駅(現・とうきょうスカイツリー駅)と曳舟駅の中間地点です。ここは東武伊勢崎線京成本線(現・押上線)が接しています。翌年には京成側にも京成請地駅ができました。

    東武鉄道京成電鉄は都心乗り入れなどを巡って競合していました。その両者が乗換駅を設置しようと合意。当時はライバルの握手として話題になったようです。ところが、実際には業平橋駅押上駅乗り換える乗客が多く、請地駅と京成請地駅の利用は意図通りとはいえなかったようです。

    京成請地駅は戦時中に不要不急駅とされ、1947(昭和22)年に廃止。請地駅も1946(昭和21)年に休止したまま復活せず、1949年に廃止されました。

    同じく不要不急の指定 東武伊勢崎線「隅田公園駅」

    京成請地駅のように、第二次世界大戦の末期、利用客が少ないことや近隣に他社線を含む利用の多い駅があることで、不要不急と指定され休止、その後復活しなかった駅がほかにもあります。

    同じく東武伊勢崎線の隅田公園駅は文字通り公園の最寄り駅で、用途からし不要不急の対象でした。場所は先述した請地駅のふたつ隣、隅田公園(墨田区)の南側です。1931(昭和6)年、東武鉄道業平橋駅(現・とうきょうスカイツリー駅)から浅草雷門駅(現・浅草駅)へ延伸し、都心進出を果たしました。そのときに設置された中間駅です。隅田公園の整備は、関東大震災の復興事業のひとつでした。

    しかし、駅の利用者は公園利用者ばかりで少なく、また、近隣の浅草雷門駅や業平橋駅に近いことなどから、1943(昭和18)年に不要不急指定されたようです。

    復活しない理由は「長編成化」と「スピードアップ」

    東京都内の駅が最も多く廃止された時期は戦時中でした。先述の通り、空襲による被害、不要不急指定などです。それらも含めて廃止された駅を挙げましたが、戦時下で休止しても復活しなかったのには共通点があります。それは、編成数の長大化とスピードアップです。

    列車の編成が長いと、駅を出てもすぐ隣の駅に着いてしまいます。駅に停車すればそれだけ、路線全体の所要時間は増えます。そこで、隣の駅に近い駅同士を比較して、乗降客数の少ない駅を廃止するのです。

    たとえば京急電鉄は高架化を機に、北馬場駅と南馬場駅を統合して新馬場駅品川区)としました。付近にあった浜川駅、出村駅も廃止されました。京王電鉄では、新宿~幡ヶ谷間で駅間距離の短かった葵橋駅や幡代駅などが廃止されました。

    廃駅のなかには、再開発などの理由で復活させようという動きもあるようです。あるいは今後も、スピードアップのために駅を統合するという構想が生まれるかもしれません。鉄道利用者が多い大都市でも、駅の廃止、統合は例外ではありません。

    レンガ造りになっている箇所に、かつて万世橋駅があった。遺構を活用し、商業施設「マーチエキュート神田万世橋」が営業中(画像:写真AC)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【都心域の廃駅 路線は存続も なぜ? 東京ならではの事情や歴史 毎日そばを通るかも…】の続きを読む


    博物館動物園駅(はくぶつかんどうぶつえんえき)は、かつて東京都台東区上野公園にあった、京成電鉄本線の。 1933年(昭和8年)の京成本線開通に合わせ、東京帝室博物館・東京科學博物館・恩賜上野動物園や東京音樂學校、東京美術學校・旧制第二東京市立中学校などの最寄り駅として開業した。しかし、老朽化や乗
    17キロバイト (2,082 語) - 2019年11月1日 (金) 19:08



    (出典 cdn3.railf.jp)


    ここでは結構イベントがおこなわれています。次は鉄道に関するイベント。

    京成電鉄が同社の歴史を振り返るイベント「京成リアルミュージアム」を開催。会場は、上野公園にある旧・博物館動物園駅です。過去の記念乗車券ヘッドマークをはじめ、一般公開が初めての展示物も並んでいます。

    博物館動物園駅駅舎の一部を公開

    上野公園(東京都台東区)の地下に眠る旧・博物館動物園駅の一部公開が始まりました。

    2020年2月8日(土)、京成電鉄が旧・博物館動物園駅でイベント「京成リアルミュージアム」を開始。会場として同駅の地上駅舎内部とコンコース階を公開しています。

    旧・博物館動物園駅は、京成本線京成上野日暮里間にある廃駅です。1933(昭和8)年に開業して以降、帝室博物館(現・東京国立博物館)や恩賜上野動物園の最寄り駅として利用されてきましたが、利用者の減少などにより1997(平成9)年に営業を休止し、2004(平成16)年に廃止となりました。

    駅舎内外は西洋風の荘厳なデザインで、現在もその建物は残されています。2018年4月には鉄道施設としては初の東京都指定歴史的建造物に選定されました。その後、リニューアル工事を経てアートイベントや展示会などの会場に使われています。

    「京成リアルミュージアム」の展示内容と開催日は

    今回開催の「京成リアルミュージアム」は、京成電鉄の歴史や魅力を紹介するウェブサイト「京成ウェブミュージアム」の特別“リアルイベントです。

    京成電鉄の遺構と共に歴史を振り返る」をコンセプトとしており、会場では、同社創立110周年記念パネルをはじめ、「スカイライナー」1/2カットモデル、過去の記念乗車券ヘッドマークを展示。さらに、駅開業に向けて作成された当時の駅舎設計図面が初めて一般公開されています。

    「京成リアルミュージアム」は、2月9日(日)、11日(火・祝)、15日(土)、16日(日)、22日(土)、23日(日・祝)、24日(月・休)も開催予定です。時間は各日10時から15時30分(最終入場15時)まで。入場は無料ですが、入れる人数に限りがあるため、先着順に時間指定の入場券が配られます。また、各日先着200人には、百日草の種がプレゼントされます。

    旧・博物館動物園駅で開催されているイベント「京成リアルミュージアム」の様子(2020年2月8日、乗りものニュース編集部撮影)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【上野に眠る「博物館動物園駅」公開スタート 「京成リアルミュージアム」で歴史を展示】の続きを読む



    IMG_4202

    IMG_4207

    昨日、2月9日に廃止された博物館動物園駅に行きました。雪は降っていました
    が寒い中JR上野駅から歩いてきました。

    IMG_4205

    何とか入場整理券を取ることができました。上の画像が整理券です。
    中に入って撮影をしました。そこにはいろんな展示物がありました。
    下の画像はその時の様子です。
    IMG_4211

    DSC_1713


    IMG_4214

    IMG_4224

    IMG_4228

    IMG_4226

    IMG_4230

    行けるのはここまででした。ここから先にペンギンの絵があると思いますが
    ガラス越しから見たらペンギンの絵はもっと先だと思いました。
    下の画像はガラス越しから撮影しました。
    IMG_4218

    IMG_4220

    他にも撮影した画像があります。

    IMG_4246
    上の画像 切符売り場の跡地

    IMG_4234
    上の画像 トイレの跡地

    ここでは駅として営業してた時に撮影された画像を流していました。
    IMG_4235

    IMG_4237

    IMG_4241

    IMG_4242

    IMG_4243

    DSC_1712

    最後に切符のカットがおこなわれました。その時はパンフレットが切符の代わりでした。

    IMG_4250

    DSC_1718


    このページのトップヘ