ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 雑学



    (出典 contents.trafficnews.jp)


    個人でも利用できるのは驚きました。

    鉄道の大事な役割である貨物輸送。企業や運送会社が、鉄道用のコンテナに貨物を入れて列車で運ぶのが一般的ですが、実は個人でも鉄道の貨物輸送を利用できます。どれくらいの量を、いくらの料金で運べるのでしょうか。

    長距離輸送で実力発揮 鉄道の貨物輸送

    鉄道の役割には大きく分けてふたつ、旅客輸送と貨物輸送があります。昭和30年代ごろまで、鉄道は船とともに物流の主役でしたが、高速道路の整備が進むにつれて激減し、2020年現在、貨物輸送のシェアは、トン(t)ベース(貨物の輸送重量を基に算出)でわずか1%未満になっています。

    しかしながら、多くの貨物を長距離輸送する場合、鉄道はトラックに比べて多くのメリットがあります。

    鉄道輸送で使われるコンテナにはいくつかの大きさがあり、街なかでよく見かける「5tコンテナ」は、その名の通り最大積載量が5tです。日本で走っているコンテナ貨物列車は、最長が26両編成(機関車を除く)で、コンテナ貨車1両には5tコンテナを5個積載できますから、1列車でコンテナ130個、最大650tの貨物を一度に運んでいます。これは、長距離輸送で使われる大型の10tトラック65台分で、それだけ運転手の数を減らすことができるのです。

    ただ、鉄道貨物輸送はあくまでも送り元に近い貨物駅から届け先に近い貨物駅までの輸送です。送り元から貨物駅、貨物駅から届け先までは、どうしてもトラックで運ぶ必要があるため、近距離輸送なら「トラックで直接運んだ方が効率的」ということになります。つまり、鉄道貨物輸送がその実力を発揮するのは、長距離輸送なのです。

    このほかにも、渋滞や交通事故の心配がない、CO2二酸化炭素)の排出量が少なく環境にやさしいなど、鉄道貨物輸送には様々なメリットがあります。近年は、佐川急便や福山通運、自動車メーカーであるトヨタの専用貨物列車が運行されているほか、アサヒビールキリンビールが鉄道を使った共同輸送を行ったり、キューピーと伊藤ハムが同じ鉄道コンテナを片道ずつ使って効率化したりするなど、鉄道貨物輸送は再び注目を集めています。

    運賃+集荷・配達料金を払えば個人利用可能

    ところで、鉄道貨物輸送は企業だけが使えるもの、というわけではありません。実は、個人でも利用できます。

    そういわれると、気になるのはその料金です。鉄道でコンテナ貨物を運ぶ場合、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。ここでは5tコンテナをひとつ運ぶ場合を例として、計算してみます。

    まず必要になるのが、貨物列車でコンテナを運ぶための「鉄道運賃(貨物運賃)」です。この鉄道運賃は、人が列車に乗る場合の「旅客運賃」と同じように、距離によって決まります。たとえば、東京貨物ターミナル駅から大阪貨物ターミナル駅までは3万8500円、福岡貨物ターミナル駅までは6万6000円、札幌貨物ターミナル駅までは7万500円です。このなかにはコンテナの使用料金も含まれており、列車の時刻表とともに、JR貨物WEBサイトに公開されているので、誰でも見ることが可能です。

    余談ですが、大阪地区にある4つの貨物駅(大阪貨物ターミナル駅、吹田貨物ターミナル駅、百済貨物ターミナル駅、安治川口駅)は、旅客運賃の「都区市内制度」のように、運賃計算上は同一駅として扱われます。

    次に、上記の鉄道運賃は貨物列車で運ぶ部分に対する費用ですので、これにプラスして「送り元から貨物駅までの集荷料金」「貨物駅から届け先までの配達料金」がかかります。こちらは事業者によって違いますが、とある運送会社の場合は、貨物駅から10km以内は1万円、そこから10kmごとに2500円、という形で加算されます。

    5tコンテナは軽自動車が納まる大きさ

    また、集荷や配達をしてもらうのではなく、貨物駅に自分で貨物を持ち込み、コンテナに積み込むことも可能です。この場合でも、コンテナを貨物列車に積み込む作業は運送会社が行うため、その費用がかかりますが、集荷や配達をしてもらうより安くなります。

    この「鉄道運賃」と「集荷料金・配達料金」が、鉄道でコンテナ貨物を輸送するために必要な料金です。このほかに、積み下ろしにかかった時間に応じた加算料金などが必要な場合もあります。

    では、1個のコンテナでどれくらいの荷物を運ぶことができるのでしょうか。

    5tコンテナの内寸は、長さ3.64m、幅2.27mで、畳およそ5畳分に相当。高さは2.25mあり、なんと軽自動車がまるまる1台入ります。ミカン段ボール(40×30×25cm)だと63箱×8段、引っ越しで使われる大きめの段ボール(55×35×40cm)でも40箱×5段と、かなりの量を積むことが可能です。冷蔵庫洗濯機、本棚なども余裕で入りますので、単身での引っ越しはもちろん、荷物が少ない夫婦ならコンテナ1個で済むでしょう。

    実は、筆者(伊原 薫:鉄道ライター)もコンテナを使った鉄道貨物輸送を利用したことがあります。このときは引っ越しではなく、鉄道イベントで展示する模型レイアウトや鉄道部品などを、大阪貨物ターミナル駅から福岡貨物ターミナル駅まで運んでもらいました。

    コンテナの留置きサービスは無料で利用可能

    その際、筆者自宅から大阪貨物ターミナル駅までは、筆者自ら荷物を何回かに分けて自家用車で運び、福岡貨物ターミナル駅からイベント会場へはトラックでコンテナをそのまま輸送。筆者自身は数日後に福岡へ移動し、イベント会場でコンテナから荷物を下ろしました。

    宅配便では運べないような大きな荷物も、コンテナ貨物なら輸送することができ、荷物を積んでから配達先で下ろすまでは「封印環」と呼ばれるシリアルナンバー入りの器具で封印されるため、荷物がなくなる心配もありません。費用は総額で6万円弱と、トラックで運ぶより安く済みました。

    そして、鉄道輸送で意外と便利だったのが、コンテナの一時留置サービスです。列車で運ぶ前や運んだ後に、貨物駅で輸送当日を含めて6日間、コンテナを無料で保管してくれるのです。これを使えば、コンテナを数日前にあらかじめ送り、自分たちは列車や自動車で移動して荷下ろしをする、ということが可能。通常の引っ越しやトラック輸送では、不可能だったり追加費用がかかったりしますので、とてもありがたいサービスです。

    個人でも利用できる、鉄道のコンテナ輸送。JR貨物WEBサイトでは、個人利用の相談も受け付けていますので、もし引っ越しや多くの荷物を運ぶことがあれば、考えてみてもよいかもしれません。

    コンテナ貨車をけん引するJR貨物のEF200形電気機関車(画像:photolibrary)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【鉄道貨物輸送 実は個人利用できる! 家財道具をコンテナに収納 長距離の引っ越しなど】の続きを読む



    (出典 www.kamisu.ed.jp)


    過去には事故を想定して脱出訓練をおこなったところもあります。

    修学旅行前の列車の乗車練習に関するアンケートを実施。練習の経験がある人は約3割で、そのほとんどが新幹線の乗車練習でした。「本番」で練習の成果が発揮されたかどうかの結果も判明しています。

    学校で隊形や駅ホームでの動きなどを練習した経験は?

    「乗りものニュース」では2020年4月29日(水・祝)から5月1日(金)にかけて、修学旅行前の列車の乗車練習に関するアンケートを実施。620人から回答が集まりました。

    「あなたは修学旅行前、学校で、乗りものに乗る際の隊形や駅ホームでの動きなどを練習した経験がありますか?」の質問では、「ある」が32.7%、「ない」が60.8%、「忘れた」が6.5%でした。

    「ある」と回答した人に練習した乗りものを質問(複数選択)すると、「新幹線」80.8%、「在来線列車」29.1%、「忘れた」1.0%、「その他」7.4%でした。「その他」は「バス」(50~54歳、女性ほか複数)、「飛行機」(50~54歳、男性ほか複数)、「青函連絡船」(60~64歳、男性)などです。

    「練習をしたのはいつのときですか?」の質問(複数選択)では、「小学校」34.0%、「中学校」75.4%、「高校・専門学校」9.4%、「忘れた」0.5%、「その他」0.5%(「保育園」~19歳、男性)でした。

    修学旅行前に乗車練習…「本番」で成果は発揮できたのか?

    「練習の成果は本番で発揮されましたか?」の質問では、「発揮された」49.8%、「どちらともいえない」36.5%、「発揮されず失敗に終わった」2.5%、「忘れた」9.4%、「その他」2.0%でした。

    「その他」は、「教師が乗り場の位置を把握していなかったため振り回された」(~19歳、男性)、「ホームの狭い号車だったためにリハと全然違う形で乗車した」(~19歳、男性)といった回答が寄せられています。

    なお、乗車練習をしたことがないと回答した人を対象とした、修学旅行時の目的地までの主な乗りものの質問(複数選択)では、「新幹線」83.0%、「バス」51.7%、「在来線列車」40.6%、「飛行機」21.5%、「その他」8.5%(フェリーなど)でした。

    アンケート実施概要
    ・調査期間:2020年4月29日(水・祝)19時ごろから5月1日(金)10時ごろまで
    ・調査方法:Questantのシステムを利用して調査
    ・対象:「乗りものニュース」のSNSTwitterFacebook)のフォロワーなど
    ・有効回答数:620

    東海道新幹線(画像:写真AC)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【「新幹線に乗る練習」修学旅行前にした? 在来線や飛行機の練習も 成果は発揮されたか】の続きを読む


    (出典 stamp-pro.jp)


    仙台駅 温故知新

    (出典 Youtube)


    比べたら大きく変わってます。

    これ、1961(昭和36)年当時の仙台駅を上空からみた写真。

    いま仙台駅 東口に出ると、すぐにタクシーやバスがみえるペデストリアンデッキがあって、その先にヨドバシカメラ マルチメディア仙台や BiVi がみえてくる。

    このペデストリアンデッキから東口をながめて、現在の仙台駅からこのヨドバシカメラ マルチメディア仙台や駿台予備学校 仙台校のあたりまで、巨大な扇型の仙台機関区や客貨車区、仙石線への連絡線があったなんて……想像できない。

    60年で仙台駅東口の風景は一変していた。気になるスポットをみてみよう。

    仙石線は地上を走っていた

    ↑↑↑の地図をみると扇形の仙台機関区の北側(写真で上)に、仙台駅に突き当たるようにホームがあり、そこから東(写真で右)へ線路がカーブしながらのびている。

    これが、地上線時代の仙石線

    仙石線は、1925(大正14)年に宮城電気鉄道という私鉄が線路を敷いたのがルーツ

    宮城電気鉄道は、現在の仙台駅西口の地下に宮電仙台駅をつくり、宮電仙台駅と東七番丁駅の間は地下線で結んだ。これが「日本最初の地下鉄道」だった。

    宮城電気鉄道線は1944(昭和19)年に国有化され、ここで国鉄はこの線路を仙石線と名付けた。

    東七番丁駅は仙台東口駅と名を変え、1952(昭和27)年には「日本最初の地下鉄道」の(宮電)仙台駅と仙台東口駅(東七番丁駅)の間は廃止。仙台東口は仙台という名に変わった。

    その9年後の風景が↑↑↑の写真。カラー画像は、「地上線時代にここに踏切があった」と街ゆく人に知らせる案内。

    さらに、1961年の写真をみると、仙石線ホームの手前で分岐し、仙台機関区の裏をとおり客貨車区へと結ばれる線路があったような形跡もみえる。

    ヨドバシカメラ マルチメディア仙台の前に、仙台機関区や客貨車区、連絡線があったとは……。

    ちなみに仙石線は、最北の直流電化路線で、東北地方ではここだけ。仙石東北ライン東北線(交流)とつながるまでは、他路線と接続しない独立路線だった。

    ――― みればみるほど時間を忘れて見入ってしまう、1960年代の仙台駅上空。モノクロの画像と、現在のGoogleマップをみくらべながら、どこになにがあるか、あったか、チェックしてみて。

    (航空写真:国土地理院)



    (出典 news.nicovideo.jp)

    【いまじゃ想像できない! 1961年の仙台駅、巨大扇形車庫の仙台機関区や仙石線地上線】の続きを読む



    (出典 p.potaufeu.asahi.com)


    工事関係の出来事。

    深夜の東武野田線。最終列車も通過した後の午前1時、飲んで帰宅途中に突然、踏切が鳴動し閉まりました。工事用車両でも通過するのかと待ちましたが、何も通過しないまま再び開きました。お酒のせいで見た幻でしょうか。

    鳴り始めた深夜の踏切 しかし列車は通らず

    それは大型クルーズ船内での新型コロナウイルス感染拡大が話題となった2月中旬のことでした。さいたま市のとある駅前で深夜1時近くまでお酒を飲んでいた筆者(枝久保達也:鉄道ライター・都市交通史研究家)が、家に向かって歩いていると、東武野田線の踏切が突然、鳴動を始めたのです。思わず時計を見ると、ちょうど1時を指していました。

    東武野田線の最終列車は、3月14日(土)のダイヤ改正で30分ほど繰り下がりましたが、当時の大宮駅さいたま市)の最終列車は0時17分発岩槻行き。いくら列車が遅れたとしても、その時間に走るということはありえません。

    工事用車両か何かが通過でもするのかと思い、踏切を待ちましたが、いっこうに車両はやってきません。踏切はしばらく鳴動した後、何も通過しないまま開き、その直後に踏切の照明がパッと消えました。

    安全装置が作動した踏切の動作 この日、何があったのか

    いかにも怪談にありそうなシチュエーションです。幽霊列車でも通過したのでしょうか。さすがに、そんなことはありえません。踏切が1日の仕事を終えるときの動作なのでしょうか。あの日の不思議なできごとは何だったのか、東武鉄道広報部に話を聞いてみました。

    すると、その日は大宮公園~大和田駅間の橋梁架け替え工事の関係で、終電後に「高配停電(高圧配電停電)」と呼ばれる、停電措置を取っていたことが分かりました。

    踏切は給電が途絶えると、自動的に1分間、遮断棒を降ろして鳴動する安全装置が付いており、突然の停電時だけでなく、工事などの計画的な停電の際にもその機能が作動するそうです。1時ちょうどに鳴り出した踏切の謎とは、工事のために深夜1時に送電が停止したということだったのです。

    酔っぱらいの見た幻でも、幽霊列車でもなく一安心。この忙しい時期に、わざわざ調べて下さった東武鉄道さん、ありがとうございました

    東武野田線の踏切。写真はイメージ(画像:写真AC)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【幽霊列車!? 終電後に閉まった踏切 でも何も通らず そのワケは 直後に照明も消える】の続きを読む



    (出典 blogimg.goo.ne.jp)


      (出典 blogimg.goo.ne.jp) 


      (出典 livedoor.blogimg.jp) 

     (出典 blogimg.goo.ne.jp) 


    (出典 contents.trafficnews.jp)  

     
    昔はペットボトル飲料などがなかったので列車の中にもありました。

    新幹線寝台特急など、かつてデッキ周辺に冷水器を設置していた列車がありました。ボタンを押すと冷たい飲料水が出るというシンプルな機械でしたが、そこには列車ならではの工夫が。いまはペットボトル飲料などの普及で、ほとんど見られません。

    新幹線 在来線 客車 3種類が開発された列車用冷水器

    2020年現在、すっかり目にすることのなくなった鉄道車両アイテムのひとつに、「冷水器」があります。

    日本の鉄道車両では、大正時代には車内用の使い捨てコップが設置されたという記録が残っています。これは衛生上のサービスというよりは、限られた水を節約するためでした。それまでは、金属製のコップが備え付けられていましたが、きれい好きの乗客がコップをゆすぐのにジャブジャブ水を使ってしまい、すぐに水タンクが空になってしまったのだそうです。

    戦後になると、進駐軍用の列車などに飲料水用のタンクが装備されました。これは40リットルほどのアルミニウム製で、職員が手押し車で氷と水を運び、手作業で中身を注いでいました。やがて一般の列車にも広まりましたが、衛生面に問題があったこともあり、昭和30年代に入ると電動式の冷水器が開発されました。

    国鉄に導入された冷水器は、おもに3機種ありました。いずれも日立製作所製で、東海道新幹線用、在来線用、客車用に分かれていました。

    東海道新幹線用の冷水器は「WR14A」というタイプです。高さ130cmの箱型冷水器で、現在、名古屋市の「リニア・鉄道館」で保存されている0系などで見られる冷水器もこのタイプ。紙コップ収納箱や使用済みコップを捨てる箱を内蔵し、本体中央の蛇口のボタンを押すと冷水が出ました。

    在来線用の「WR61」は、冷水器導入以前に洗面所で使われていた、氷を使用する冷水器に代えて設置されたタイプです。壁掛けタイプコンパクトな設計で、洗面所の流しに直接水が落ちる構造でした。後に水受け皿と排水装置が追加され、寝台特急「富士・はやぶさ」にもこのタイプが運行終了まで搭載されていました。

    客車用の「WR15」は、いまも公共施設などで見かける、ペダルを踏むと上部の蛇口から水が出るタイプです。

    列車用冷水器 揺れや電圧の変動といった環境でも高性能を発揮

    水が供給される仕組みは、どの機種もだいたい同じです。新幹線用の「WR14A」の場合、車両の床下に設置されたタンクから吸い上げられた水は、紫外線を照射する殺菌灯とろ過装置からなる殺菌装置を通過して、予冷用熱交換器(プレクーラ)を経て冷却タンクに送られます。

    冷却タンクは5リットルの容量があり(在来線用の「WR61」は2リットル)、冷凍庫と同じ仕組みで冷却されます。乗客がボタンを押すと水が流れますが、コップに注がれず受け皿に落ちた水はプレクーラの排水管に入って、これから冷却タンクに向かう水をパイプ越しに予冷した後に排水されました。どの冷水器も、水が凍結しないよう自動温度調節器を備えていました。

    走行する列車で常時稼働する冷水器には、街なかで使用される冷水器よりも高い性能が求められました。

    まず、供給電源が安定しない環境下でもきちんと動くよう、±15%の電圧変動に対応できる高性能なインバーターが装備されています。電動機などを支えるバネ類は、列車の思わぬ揺れによって機器類がぶつかって故障しないよう、強さがひとつひとつ細かく調整されました。

    また、狭いデッキに設置されるため、吸気口や排気口が塞がれないよう設計されています。特に東海道新幹線用の「WR14A」は、新幹線専用として車両と一体的に設計され、当時としては画期的にスマートな冷水器として登場しました。

    こうした冷水器とセットで設置されていたのが、封筒型の紙コップです。上部が波を打つような曲線を描く独特の紙コップは、東京都大田区にある丸ノ内紙工という企業が製造、供給していました。

    新幹線開業を契機に改良された冷水器の紙コップ 手作りから機械化へ

    丸ノ内紙工は1952(昭和27)年創業。紙を素材とした製品を扱う会社で、創業者が元国鉄職員だったことから、国鉄にペーパータオルシートペーパーなどを納めていました。紙コップも早い段階から納入していましたが、最初のうちは需要が少なく、ほとんど手作業で作っていたそうです。転機となったのは、東海道新幹線の開業でした。

    新幹線は当時12両編成で、1両おきの6か所に冷水器が設置されていました。国鉄から、これに紙コップを供給できるかと問い合わせを受けたのですが、それまでの手内職ではとても間に合いません。そこで、製造を機械化することになったのです」

    そう語るのは、丸ノ内紙工前社長の荻野 壽(おぎのひさし)さんです。1928(昭和3)年生まれの91歳、1954(昭和29)年に丸ノ内紙工へ入社し、東海道新幹線開業直前に亡くなった先代の後を継いで、二代目社長に就任しました。

    「封筒型紙コップは、郵便の封筒と基本的な構造は同じで、大正時代から変わっていません。ただ、封筒よりも厚い紙を使うため、同じ糊を使うとはがれるという問題がありました。しかし、濃い糊を使うと大量生産できないうえに防腐剤が必要になり、飲用に適しません。また、製造過程で出る紙のロスをいかに減らしてコストを削減するかという点にも知恵を注ぎました」(丸ノ内紙工 前社長 荻野 壽さん)

    荻野さんが新たに考案した紙コップは、紙に全く無駄の出ないものでした。横150mm、縦194mmの紙を内側に折って、上下をラミネート加工して閉じ、ローラーの熱板を通して中央の重なった1cm部分を貼り合わせます。そうしてできた紙筒を束ねて、中央を曲線の刃で裁断すると、封筒式紙コップができあがります。この作り方なら紙のロスがまったく出ず、手を触れずに製造できるので衛生的にも優れていました。

    寝台特急とともに消えた冷水器と封筒型紙コップ いまは別の場所で活用

    「できあがったものを国鉄に持って行くと、すぐに規格化してくれました。その後は在来線の特急にも供給し、最盛期には月間500万枚以上を納品していました。飲用のほかにも、車掌が車内精算用の小銭を入れてメモをしておくなど、さまざまな使われ方をしたようです」(丸ノ内紙工 前社長 荻野 壽さん)

    しかし、平成に入ってJRの時代になると、ペットボトル入りのミネラルウォーターが広く一般に浸透したこともあり、冷水器は徐々に使われなくなっていきました。

    東海道新幹線には、1992(平成4)年に300系のぞみ』が登場した頃まで供給していたと思います。ところが、衛生検査をしたところ、新幹線の車両基地で供給する水は飲用に適さないという結果が出たため、取りやめることになったそうです。新幹線以外では、寝台特急などを対象に2015年頃まで供給を続けていました」(丸ノ内紙工 前社長 荻野 壽さん)

    寝台特急の終焉とともに姿を消した列車の冷水器と封筒型紙コップ。列車以外では、現在でもさまざまな場所で活用されています。

    荻野さんは「封筒型紙コップは、いまでも沼津の工場で生産しております。かさばらず衛生的に優れるという特性から、食品工場や医療施設、絵の具のメーカーなどさまざまな場所で使われています。日常的にお薬を飲まれる方にも重宝されていますし、大宮駅にある鉄道グッズのお店でも取り扱っていただいています」と話します。

    冷水器も、殺菌、衛生能力を高めた最新型が、公共施設や医療、介護施設など多くの場所でいまも使われています。列車からは引退しましたが、冷水器、封筒型紙コップとも、これからも多くの場所でお世話になることでしょう。

    寝台特急には、「WR61」と呼ばれる在来線用の冷水器が設置されていた(画像:写真AC)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【昭和の鉄道旅を支えた「列車用冷水器と紙コップ」の秘密 新幹線や寝台特急などに搭載】の続きを読む

    このページのトップヘ