ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ: 甲信越地方の鉄道

    別所線(べっしょせん)は、長野県上田市の上田駅から別所温泉駅までを結ぶ上田電鉄の鉄道路線である。かつて側面に丸窓を持つ「丸窓電車」が走っていたことで知られ、同電車の運用終了後も丸窓は当路線を象徴する意匠となっている。 1920年に設立された上田温泉電軌により、翌1921年、別所温泉・田沢温泉・沓掛温
    67キロバイト (7,722 語) - 2021年3月4日 (木) 02:51


    完全復旧する。

    上田駅に上電がようやく帰ってきます。

    2019年10月の台風で被災

    長野県上田市で別所線を運行する上田電鉄2021年3月3日(水)、台風で被災し不通となっている上田~城下間について、3月28日(日)始発から運転再開すると発表しました。

    別所線は2019年10月の台風(令和元年東日本台風)により千曲川橋梁が崩落し、上田~城下間が不通、代行バスにより運行されています。千曲川橋梁の復旧工事は川の渇水期である11月から再開し、全線開通を目指して作業が進められていました。

    なお、再開初日となる28日は平日ダイヤで運行されるほか、臨時列車により増便。また、「ご支援・ご協力をいただいた皆様へ感謝の気持ちを込めて」誰でも運賃無料で乗車ができるとのことです。

    あわせて上田駅では、運転再開を記念した記念切符が、上田電鉄しなの鉄道JR東日本の3社からそれぞれ限定発売されます。

    元東急の6000系電車(乗りものニュース編集部撮影)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【上田電鉄 28日に臨時列車&無料で全線再開 2019年の豪雨被災から1年半ぶり】の続きを読む

    えちごトキめき鉄道でどんな活躍をするのかな?

    えちごトキめき鉄道 鳥塚亮 代表取締役社長は3月1日Yahoo!ニュース個人でJR西日本金沢地区で運用を終了する413系3両を譲り受けると伝えた。

    413系は、おもに1960年代から国鉄がつくり続けた交流直流両用 急行形電車457系グループの機器類を流用して派生した形式。写真は2014年当時、金沢駅構内を取材時に撮影したイメージ画像。

    今回の譲受目的について同社 鳥塚社長は「観光用の急行列車に使用する」と伝えている。

    「今回の413系電車を使用する観光列車は、最小限の設備投資で大きな需要を呼び込もうという判断で決定いたしました」(えちごトキめき鉄道 鳥塚亮 代表取締役社長/Yahoo!ニュース個人)

    同社は今後、保安装置などの更新、各種整備を施し、大型連休が開けたころから営業運転に入れるという。

    こうした譲渡車を導入する背景については、「会社には新車を導入するような資金的余裕はなく、いつまで続くかわからないコロナの影響を考えると、たとえお金があったとしても大きな設備投資は控えなければなりません」(えちごトキめき鉄道 鳥塚亮 代表取締役社長/Yahoo!ニュース個人)とも。

    また、この413系3両譲渡について同社 鳥塚社長は「本件に関しましてJR西日本へのお問い合わせは業務に支障をきたしますのでご遠慮ください」「次のご案内は3月15日ごろ」とも伝えていた。

    えちごトキめき鉄道D51蒸気機関車827号機+ワフ+入換用ディーゼル機がやってきた!
    https://tetsudo-ch.com/10969869.html

    ◆「えちご押上ひすい海岸駅」は3月13日開業、工事の様子をトキ鉄が公開
    https://tetsudo-ch.com/11158902.html

    ◆「雪月花」がしなの鉄道上田駅に乗り入れる「信越紀行」2021年4月実施 「ろくもん」も直江津駅高田駅
    https://tetsudo-ch.com/11233716.html



    (出典 news.nicovideo.jp)

    【えちごトキめき鉄道がJR西日本413系3両を譲受、詳細は「3月15日ごろ」】の続きを読む


    新型車両。

    JR信越線軽井沢~篠ノ井と長野~妙高高原を引き継いだ第三セクターしなの鉄道。その新型車両 SR1系 200番台が、3月13日ダイヤ改正から営業運転につく。

    その営業運転に先立ち、きょう2月24日、試験走行のため、SR1系 S203 S204 編成が屋代駅構内を初めて単独で走行した。

    試験走行は午前の11:00~12:00と、午後の15:0016:00に実施。屋代駅でSR1系グッズの臨時販売(10:30~16:00ごろ)も行った。

    しなの鉄道の既存車両115系を置き換えるSR1系は、総合車両製作所 横浜事業所製ステンレス車両サスティナsustina)S23シリーズを採用した新型車両。

    JR東日本の直流通勤形電車E129系に準じたモデルで、客室はボックスシートとロングシートを置き、トイレも設置している。

    2019年度から2026年度にかけて26編成52両をつくる予定のSR1系。2019年度に出てきた3編成6両は、座席がクロスシートロングシートに転換可能なライナー仕様に。

    今回、初めて屋代駅構内を試験走行したのは、46両をつくる予定の一般車。そのデザインを担当したカシヨは、コンセプトについてこう伝えている。

    しなの鉄道は、明治から続く信越線をいまに引き継ぐ鉄道会社。長野冬季五輪・パラリンピックを目前に控えた1997年に開業して以来、豊かな自然のなかを走り抜ける赤い列車は、地域とともに発展してきた」

    「これまでの歴史を継承し、地域に寄り添いながら、変わりゆく時代のその先に挑戦していく、そんな、しなの鉄道の「想い」を表現した」

    外観は、しなの鉄道らしさの象徴である115系車両の赤を継承し、ゴールドラインは、「地域の未来へ挑戦していく姿勢」を表現したという。

    (画像:しなの鉄道



    (出典 news.nicovideo.jp)

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    (出典 www.tv-tokyo.co.jp)


    JR北海道の社長をやってほしいです。

     コロナ禍で企業のテレワーク導入が進み、「脱東京」や「地方移住」の機運が高まっている。しかし、移住者が地域で仕事をしようとしてもうまくいかずに、結局都会に戻ってしまうケースは少なくない。

    【その他の画像】

     都市圏の人材と地域がコラボレーションするためには何が必要なのか。千葉県いすみ鉄道を経営危機から救い、現在は新潟県えちごトキめき鉄道の社長を務める鳥塚亮氏と、現在浜松市に身を移して組織改革・ワークスタイル変革の専門家として活動している沢渡あまね氏に対談してもらった。

     前編記事のえちごトキめき鉄道の鳥塚亮社長と沢渡あまねが語る「地方企業の問題地図」 Uターン、Iターンが失敗する構造的問題では、鳥塚氏と沢渡氏が自らの経験から感じている地方企業や行政の問題点をお届けした。後編では、鳥塚氏が取り組んだいすみ鉄道の改革の手法と、地域を変えるために必要な考え方を聞く。

    ●「ムーミン列車」で何もない田舎をデザイン

    沢渡: 鳥塚さんがいすみ鉄道の社長だったときに、個人的にほれたキャッチコピーがあります。田んぼに1両の国鉄型車両がポツンとあるポスターで、書かれているコピーは『ここには、「何もない」があります。』でした。このコピーに価値を感じた人が、いすみ鉄道ファンになるわけですよね。

     私は通勤電車が大嫌いですが、付加価値のある地方のローカル線は大好きです。東京に住んでいた頃は車で東京湾アクアラインを走って、いすみ鉄道に乗りにいきました。最初に鳥塚さんにお会いしたときに「これは素晴らしいキャッチフレーズですね。どこの広告代理店が考えたのですか」と聞いたら、「いや、私がつくりました」と言われたので、驚きました。

    鳥塚: 代理店さんに払うお金がないですからね(笑)

    沢渡: 地元の人はここには何もないと思って自己否定をしていたけれども、第三者ゆえの価値を見いだした鳥塚さんの感覚や思いが込められていると思って、心を打たれました。

    鳥塚: そんなに大げさなものではないと思いますよ。ただ、今あるものでどうやっていくかを考えた結果ですね。価値観人それぞれ違いますし、都会には何でもありますから。

    沢渡: 2019年3月まで10年間走らせていた「ムーミン列車」も、いすみ鉄道ファンを広げましたよね。沿線の豊かな自然をムーミン谷の雰囲気と重ねて、車両の内外に描かれたムーミンキャラクターたちと一緒に、車窓の風景を楽しむ列車でした。

    鳥塚: いすみ鉄道の契約は10年で終わって、今は西武鉄道埼玉県の宮沢湖全体をムーミン谷につくりあげています。いすみ鉄道の場合はお金がなかったので、何かを建てたり、ムーミン着ぐるみを常駐させたりすることはできませんでした。着ぐるみは最初の頃は使っていましたが、1日で15万円かかるので続けるのは無理です。

     目指したのは価値観の共有ですね。ムーミンはいないけれども、「私にはこの景色がムーミン谷に見える」と思ってくれる人に来てもらうしかありませんでした。ただ、2011年東日本大震災が発生して、日本人価値観が変わったような気がします。自然と共生するようなムーミン谷の世界観が受け入れられたのは、震災がきっかけだったかもしれません。

     多くの人が来てくれたことで一番変わったのは、地元の人たちではないでしょうか。こんなところはダメだと思っていたのが、都会からきた人に「いいところですね」と言われれば、自信が持てます。以前は社員の子どもたちは「お前のお父さんの会社は赤字でそのうちなくなる」なんて言われていたのが、テレビに取り上げられて、ムーミン列車の運転士をする父親を誇りに思えるようになりました。上昇のスパイラルに転じたと感じています。

    沢渡: いかに共感する人を増やすかは、ブランドマネジメントの本質だと思います。価値は相手が決めるものですから。鳥塚さんは鉄道会社の社長をしながら、地域のプロデューサーをしたことになりますね。

    鳥塚: いすみ鉄道にいる頃、よく遊びに来ていた大学の先生にも、「あなたがやっていることは地域全体のデザインです」と言われました。でも原理原則は、自分がお客さんだったら行きたいと思うかどうかではないでしょうか。

    ●地域の人たちとぶつからないための努力

    ――外から来た鳥塚さんに地元のことを「何もない」といわれて、反発する人はいなかったのでしょうか。中途採用された人が「前の会社ではこうだった」と言って、転職先とぶつかることはよくあります。そういう軋轢(あつれき)はどこでもあると思いますが、ぶつからないために取り組まれていたことはありますか。

    鳥塚: 3つのことを基本的にやりました。まず、外資系の航空会社に勤めていたと聞けば、田舎の人は嫌な奴だなと思いますよね(笑)。海外旅行に頻繁に行っているとか思われて。

    沢渡: それは間違いないですね(笑)

    鳥塚: だから外資系の会社にいたことについて、一切の色を出しませんでした。2つ目は、祖母の実家がいすみ鉄道の沿線近くにあったので、自分にも房総の血が流れていることをアピールしました。父親が戦前、小学生の頃に房総に疎開して、高校を卒業するまで千葉にいたので、私も方言が分かりますし、子どもの頃はよく遊びに来ていました。知らない土地ではないことを、周囲の人にことあるごとに話していました。

     もう1つは、通えない距離ではなかったのですが、地域に家を借りて住んだことです。会社から費用は一切出ませんでしたが、東京から通うよりは地元に住んで、そのことを地域の人に分かってもらうようにしました。

     一緒に食事をした人に近所まで送ってもらえば、「社長の家はあそこにある」「社長はここら辺でよく飲んでいる」という話が広がります。地元に住むのは、よそ者が地域に入っていって、親近感を持ってもらうための仁義みたいなものではないでしょうか。この3つのことを実践した以外は、特別なことはしていないですね。

    沢渡: 基本的なことが大事ということですね。

    鳥塚: 都会の人から見ると、田舎の人はマーケティングの言葉も知らないとか、なんだこの人は、と思うところが、どうしてもあるのではないでしょうか。そう思っているだろうなと、田舎の人も感じています。だから私はそういうことは言いませんでした。

     あとは、味方についてくれた人のほとんどが、いったん東京に出て戻ってきた人たちでした。都会を知っている人たちが商工会の会長など、いすみ鉄道を応援してくれる立場の人だったので、私の場合は地域の人たちからは逆に助けられたと思っています。

    沢渡: 鳥塚さんは2019年9月に、いすみ鉄道と同じ第三セクターである、えちごトキめき鉄道の社長に就任しました。えちごトキめき鉄道は、北陸新幹線長野駅金沢駅間の開業に伴って設立され、かつてのJR北陸本線とJR信越本線の一部、合わせて97キロの路線を有する会社ですよね。社長に就任するにあたって、意識したことはありますか。

    鳥塚: えちごトキめき鉄道には、JR西日本出身の人と、JR東日本出身の人が幹部にいます。「西ではこうだった」「東ではこうだった」という話にならないように、「JRができないことをこの会社でやる」というポリシーを明確にしています。それと、自分もやはり以前のキャリアを持ち出さないことですね。

     私が在籍していたブリティッシュ・エアウエイズでは、日本支社にはロンドンの本社から幹部が来ていました。私が40歳くらいの時に、30歳くらいの幹部が来るのですが、イギリス人には日本人を下に見るような風潮が一切ありません。植民地をたくさん抱えた歴史があり、いろいろ苦い経験もあって、文化として根付いているのではないでしょうか。本当に対等というか、私たち日本人の社員を尊重してくれました。

     だから、私がキャリアを背負って「こんなことをやってきました」と言ったら、社内の人には煙たがられるでしょう。お高くとまっている、偉そうにしていると思われないように気を付けています。実際、何も分かっていないですし、手探りの状態で、一人で乗り込んでいくわけですから。「よろしくお願いします」と仁義を切りつつ、「ただ、今まで通りにはいかないと思いますから」と言いながら、受け入れてもらうための努力は一生懸命しないといけないと思っています。

    いすみ鉄道の成功は「ブランド化」

    沢渡: 公募で選ばれた社長として、2009年いすみ鉄道に着任しましたが、社員の皆さんには最初にどのようなあいさつをしたのですか。

    鳥塚: 最初の日の朝礼で「この会社をブランド化したい」と申し上げました。みんなポカーンとしていましたよ。「ブランド化って何ですか」と聞かれたので、「いやいや、みんなから良い会社で働いていますねといわれる会社にすることですよ。そういう会社を作るのが私の使命なので、皆さんも協力してください」と答えました。

    沢渡: 分かりやすいですね。

    鳥塚: ではそのために何をしていくのかが、第三セクターが普通の民間企業と違うところです。基本的には行政から補助金をもらって運営しています。本来は利益を上げて、利潤を回さなければならないのでしょうけど、そんなことをやっているうちに会社は息絶えてしまいます。だから存続させるには、地域の皆さんに認めてもらって、「補助金を出さないとしようがないよね」と言ってもらえる会社にするのが一番の近道だと考えました。

     さまざまな取り組みをしたことで、いすみ鉄道は注目してもらえました。沿線の商工会が日曜日午前8時から正午まで朝市を開催することで、お店は1週間分の売り上げを4時間で上げるようになりました。沿線の人たちが自分は乗らないけれども、いすみ鉄道があってよかったと思う方向に進められたのは良かったと思います。

     私が就任したときのいすみ市議会は、議員の6割が赤字を理由に「いすみ鉄道はいらない」という姿勢でした。それが最終的には満場一致で「いすみ鉄道は赤字だけど存続していい」となり、存続の道筋がつきました。これで自分の仕事は終わったと思い、退任させていただきました。縁のある土地なので、関係が切れるわけではないですが。

    沢渡: 確かに地元の支えがなければ、鉄道は残ることができないですよね。

    鳥塚: 運賃収入はたかがしれていますからね。運賃収入でローカル線を維持していくのは無理です。それに世の中が車社会に変わって、建設された当初の役割も終えています。ではインフラとしての使命は何かと言えば、地域を利するためにきちんと機能することだと考えました。都会から人が来て、お土産が売れて、ホテルや食堂の売り上げが上がるなど、地域全体の売り上げアップにつながれば、ローカル線が必要だと思ってくれるはずですから。そういう発想です。

    沢渡: 赤字でしかなかったインフラに、他の地域からの目線で意味づけをされて、デザイン化をされたということですね。私もダム巡りが好きで、最近はダム際で仕事をする「ダム際ワーキング」を発信していたら、静岡県の袋井土木事務所の方に共感していただいて、一緒に太田川ダムでのダム際ワーキングの企画をしました。同ダムでは、現在、ダム際ワーキングに参加する企業を公式に募集しています。

     ダムは地域の人からすれば面白いものでも何でもありません。山奥にあるよく分からない施設にすぎない。それが今、例えば群馬県の山奥のダムでも、点検放流のイベント3000人もの観光客が訪れています。その結果、ダムに対する地域の人たちの理解と共感が生まれつつある。「そこにある、あたりまえ」のものでも、多様な視点の掛け合わせによって、人の導線を生み、お金を生むものだと分かれば、地域の人の意識も変わると感じました。

    鳥塚: 実際に財布の中の1万円札が少しでも増えれば、地域の人が納得する部分も出てきますよね。

    沢渡: いすみ鉄道のように第三セクターで社長を公募するのは、他の地域でも行われていると思いますが、うまくいくためには会社側にどんなことが必要でしょうか。

    鳥塚: 安易に公募社長を選ばないことです。そして、選んだからにはきちんとその人に従うこと。自分たちにできないことを、その社長は人生を懸けてやるわけですから、きちんと話を聞いて協力するべきですね。

     公募社長だからといって、1人の人間がマルチで動けるわけではありません。足りないスキルは地元の人たちや社内の人が補っていく努力をしなければ、良くはならないでしょう。公募社長を選んだ側も、責任をとる必要があるということですね。

    ●地元を良いところだと思うことが全て

    沢渡: 脱東京や移住ブームで、今後も都市圏に住む多くの人が、地方に興味を持つことが予想されます。その際に、受け入れる地域の側にはどのようなマインドを持ってほしいと思われますか。

    鳥塚: 自分たちが住んでいる地域を良いところだと思うことです。それしかないと思います。コロナ禍では都会からの観光客は来ないですよね。当社のリゾート列車の「雪月花」も運休しています。この間、何をしているかというと、地元の人たちに乗ってもらって、列車の中でお酒を飲んで食事をしてもらうイベントを開催しました。参加した人は、地元のお酒を飲みながら山の景色を見て「良いところだね」と必ず言います。

     小学校の宿泊合宿でも「雪月花」を利用してもらいました。子どもたちが家に帰って「良かったよ」と話をすれば、親にも良さが伝わります。田舎には成功体験がないので、こういうことを繰り返すことが大切です。新潟県の人に、新潟県も良いところだと思ってもらう。これがコロナの時代に、地域でやらなければならないことだと思っています。

    沢渡: 非常に共感します。私も昨年、天竜浜名湖鉄道を借り切ってイベントを開催しました。参加者の半分は地元の方でしたが、乗ったことがない人がほとんどで、景色の良さに感動していました。他の地域から参加した人が喜んでいる姿を見て、地元の人は誇らしい気持ちにもなります。この化学反応がすごく大事だなと思いました。これは鳥塚さんの背中を見て教えてもらったことですね。

    鳥塚: ありがとうございます

    沢渡: 地域も企業も、これまでのマネジメントは統制型、ピラミッド型でした。しかし、少子高齢化がさらに進むこれからの時代には、従来のマネジメントでは問題の解決が難しくなると思っています。今後は地域の人材と他の地域の人材をオープンに掛け合わせて、お互いにないものを補うことによって、地域の問題解決ができるのではないでしょうか。

     そのためには、今までの当たり前で価値基準を決めないことですね。地方だから給与レベルが低くて当然とか、地方だから面白い仕事がなくて当然とか、仕事はつらくて当然とか、そういう価値観からどんどん自由になるべきです。考え方も発想もオープンにしながら、良い地域をつくり、他の地域のファンを増やしていく。こうしたマネジメントが地域を救い、日本を良くすることにつながると、鳥塚さんの話を聞いてあらためて感じました。(ジャーナリスト田中圭太郎)

    鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長(元いすみ鉄道社長)


    (出典 news.nicovideo.jp)

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    別所線(べっしょせん)は、長野県上田市の上田駅から別所温泉駅までを結ぶ上田電鉄の鉄道路線である。かつて側面に丸窓を持つ「丸窓電車」が走っていたことで知られ、同電車の運用終了後も丸窓は当路線を象徴する意匠となっている。 1920年に設立された上田温泉電軌により、翌1921年、別所温泉・田沢温泉・沓掛温
    66キロバイト (7,574 語) - 2020年11月9日 (月) 03:00




    (出典 response.jp)


    完全復旧する。

    上田電鉄の車両といえば真っ先に思い浮かぶのが丸窓電車ことモハ5250形。戸袋部分が丸窓で写真右のモハ5252は塗装や補修を経た上で資料館として整備されています。 写真提供:上田電鉄

    鉄道をめぐる明るい話題の一つに、2020年12月18日から始まった上田電鉄の別所線全線開通100日前カウントダウン企画があります。上田―別所温泉間(11.6km)を結ぶ別所線は、2019年10月の台風19号(令和元年東日本台風)で千曲川橋梁が流失。上田―城下間が1年以上にわたり運休中ですが、2021年3月28日の全線運転再開が決まり、カウントダウン企画では千曲川橋梁のライトアップ、赤い橋梁を神社の鳥居に見立てた全線開通ロゴなどで鉄道復旧をアピールします。

    私が上田電鉄を取材したのは8年前の2012年ホテル・旅館や観光施設の設計・施工会社で構成する国際観光施設協会の研究会が別所温泉で開かれることになり途中、下之郷駅にある本社を訪問しました。当時の取材メモを基に、最近の利用促進策を交え長野県の歴史ある地方鉄道を紹介しましょう。

    5線区のうち最後に残った別所線

    種車の東急1000系には戸袋窓がないため、ドアに近い片側2カ所を丸窓化しています。 写真提供:上田電鉄

    上田の地形は盆地で、産業は長く養蚕業が盛んでした。戦後しばらくまで日本を代表する輸出品だった絹製品を横浜港などに運ぶのが鉄道の主目的で、前身の上田丸子電鉄は5線区・57kmの鉄道網を形成していました。現在も唯一残った別所線の最近の利用のピークは、北陸新幹線長野新幹線)が開業した1997年度前後。終点には別所温泉があり、温泉観光客のアクセス鉄道の役割を果たします。

    実際には温泉客より地域の通勤通学客の利用が多い上田電鉄ですが、20年ほど前には上田市中心部との間に流れる千曲川に道路橋が相次いで架設され、利用客がマイカー通勤にシフトしたこともありました。輸送人員の推移については、上田市の資料を引用した別添のグラフをご覧下さい。2019年度は区間運休と新型コロナさすがに落ち込んだものの2003年度以降、着実に実績が当初予測を上回っているのが注目すべきポイントです。

    上田電鉄の輸送人員の推移 画像:上田市ホームページ

    上田電鉄2000年代初頭までの利用減で、存続か廃止かが議論されたこともありました。しかし、地域が望んで誕生した鉄道だけに沿線には「何としてでも鉄道を残したい」の機運が満ちあふれ、2004年には公的支援を受けながらの存続が決まりました。2005年2月には上田市や観光関係団体による「別所線再生支援協議会」が発足して「別所線再生計画」を策定。再生計画は国土交通省の承認を受け、国や長野県上田市が鉄道の近代化を集中支援しました。具体的には近代化設備整備費を助成、安全のための設備や運行経費補助、鉄道用地に関する固定資産税減免などが主な支援策です。

    上田電鉄の利用促進に向けた自助努力では、コスト削減とともに列車増発や北陸新幹線との接続改善などで利便性を向上させました。再生支援協議会は、「乗って残そう」をキーワードに多彩な利用促進作戦を展開。鉄道を観光資源化する取り組みとして、電車内でのイベントなどを継続的に開催しています。沿線住民に向けた利用促進策では、1年間有効で通常より割引率を引き上げた自治会回数券「マイレールチケット」の販売斡旋、キャラクター設定、シンポジウム、写真撮影会開催、一部駅にパークアンドライド駐車場開設などがあります。さらには貸切電車によるコンサート、別所線を利用したカラオケ大会、ウォーキングイベントトレインパフォーマンスなど、まさに何でもありの様相です。

    取材時点の数字ですが、年間のイベント開催は80回以上とも(沿線の催しによる臨時電車運転や鉄道グッズ販売、沿線外での催しへの参加を含みます)。利用客を定期客ときっぷを買って乗る普通客に分ければ、2005年度に全体の10%程度だった普通客は再生支援協議会の活動後には13%に増加。増加分の多くは、鉄道に乗ることが目当ての〝観光目的客〟とみられています。

    落下した「赤い鉄橋」を上田市有に

    台風で落下した千曲川橋梁は通称「赤い鉄橋」と呼ばれ、鉄道ファンや写真愛好家に絶好の被写体でした。復旧に当たっては上田市が鉄橋を所有する手法が取られ、国の特定大規模災害等鉄道施設災害復旧事業費補助を活用することで、総事業費の97.5%が国負担となりました。

    さらに上田市の公共交通の情報を検索していたら、「QRコード決済の実証実験が10月からスタート」のニュースヒットしました。当初の交通機関はバスで、スマートフォンに表示されるQRコードを機器にかざすだけで乗降車できます。上田電鉄の参加は2021年度からのようで、地方都市が地域ぐるみで交通キャッシュレス化に乗り出すのは比較的珍しいといえます。上田市の構想は不明ですが、QRコード決済のメリットで考えられるのは訪日外国人の受け入れ環境整備。出発前または日本入国後に乗車券を購入しておき、スマホ画面をかざして(見せて)別所線を利用する。温泉と上田城、そしてローカル線、上田には訪日客を引き付ける要素が数多くあります。

    少々古くなりましたが、上田電鉄は「鉄道の日」の2020年10月、多彩な鉄道グッズの企画・販売しました。同月に売り出されたのは「アクリルキーホルダー」「コットンバッグ」「ミニヘッドマーク」。鉄道むすめキャラクター八木沢まいで、八木沢駅と舞田駅からネーミングしました。ホームページでは、撮り鉄の方々に向け車両運用を公表しています。

    真田幸村が入ったかもの別所温泉

    温泉郷の玄関口としての風情を感じさせる別所温泉駅。上田丸子電鉄時代からの駅舎が現在も継続使用され、モハ5252の資料館もあります。 写真提供:上田電鉄

    最終章では、上田電鉄で行く別所温泉に触れましょう。周囲を山々に囲まれ、大きな歓楽街はありません。温泉旅館は全部で20軒足らずで、地域全体をみれば観光関係以外の職業に就く人が多い。観光専門誌の選んだ日本の温泉ベスト100では、ちょうど真ん中当たり。似ているのは富山県の宇奈月温泉や神奈川県の湯河原温泉で、本当に温泉好きの人たちが訪れる名湯、それが別所温泉といえるでしょう。

    別所温泉の賑わい演出の旗を振るのは2009年に活動を開始した「別所温泉魅力創生協議会」です。創生協は、地域の魅力を「素朴な人情と豊かな自然、歴史、温泉が織りなす癒やしの別所温泉」のフレーズに集約しました。フレーズを実現するキーワードは、①もてなし ②食 ③まちの魅力 ④情報発信――の4項目。創生協の下に「ホスピタリティー向上」「地産地消」「街づくり促進」「情報誘客促進」の4つの委員会を設置して事業を考案しています。

    新しい話題では2020年6月、信州上田・塩田平が日本遺産に認定されました。信濃国分寺から別所温泉を通るレイライン(夏至の朝、太陽が日の出の際に地上につくる光の線)沿いに点在する神社仏閣、さらには祭事が未来に残すべき遺産と認められました。

    上田を代表する勇将といえば真田幸村で、信州の鎌倉とも呼ばれる別所温泉は「幸村の隠し湯」とも呼ばれます。来春の別所線全通の折には、戦国の世に思いをはせながら鉄道で温泉を訪れるのも一興かもしれません。

    最新鋭の6000系電車は元東急1000系で、かつては東急線と東京メトロ日比谷線を走っていました。写真の「さなだどりーむ号」は特別塗装車で真田幸村の家紋・六文銭が描かれています。 写真提供:上田電鉄

    文:上里夏生



    (出典 news.nicovideo.jp)

    【台風禍に負けず2021年3月28日に全線運転再開 地域とともに歩む上田電鉄】の続きを読む

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