ハヤブサ24

九州出身の鉄道ファンです。
現在は関東に在住しています。このブログは主に鉄道系のニュースなどを投稿したり、時々、鉄道で旅したときの日記なども投稿します。 鉄道以外の乗り物も投稿することもたまにはあります。

    カテゴリ:鉄道 > 幻の鉄道


    「名古屋直通」目指した幻の鉄道「中津川線」 長野・飯田まで36km 昼神温泉と深い関係(乗りものニュース) - Yahoo!ニュース
    長野県南部の山間部に「昼神温泉」(阿智村)という温泉地があります。長野県といっても岐阜県との県境付近。名古屋に近いため「名古屋の奥座敷」と呼ばれることも ...
    (出典:Yahoo!ニュース)


    中津川線(なかつがわせん)は、長野県飯田市にある飯田線飯田駅と岐阜県中津川市にある中央西線中津川駅を結ぶ計画だった日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線。 当初は飯田市と木曽郡南木曽町を結ぶ鉄道計画であったが、後に中津川市へ接続する計画に変更された。当初は順調に建設が進み、中央本線との直通により中京圏と伊那
    8キロバイト (1,184 語) - 2019年5月23日 (木) 01:00



    (出典 www.ogaemon.com)


    旧国鉄 中津川線

    (出典 Youtube)


    そこにも幻の鉄道があったんですね。それを今度は中央リニアが役目を果たすのかもしれません。

    1 砂漠のマスカレード ★ :2019/09/10(火) 07:08:07.55 ID:5YyG5/Ov9.net

    距離は従来の鉄道ルートの半分

    長野県南部の山間部に「昼神温泉」(阿智村)という温泉地があります。
    長野県といっても岐阜県との県境付近。名古屋に近いため「名古屋の奥座敷」と呼ばれることもあります。

    昼神では江戸時代に温泉が湧出したとの記録がありますが、この温泉は水害で埋没。実際に温泉地として本格的に発展したのは1970年代で、そのきっかけは幻に終わった鉄道路線「中津川線」の工事でした。

    中津川線は、中央本線の中津川駅(岐阜県中津川市)と飯田線の飯田駅(長野県飯田市)を結ぶ、全長約36kmの国鉄新線。
    県境の木曽山脈を全長約11kmの神坂(みさか)トンネルで貫き、阿智村内には昼神駅や阿智駅が設けられる計画でした。1967(昭和42)年に工事が始まっています。

    これが完成していれば、中央本線から乗り入れて名古屋と飯田を結ぶ特急列車や急行列車が運転されていたでしょう。
    日本交通公社『国鉄監修 交通公社の時刻表』の1967(昭和42)年10月号によると、当時は名古屋~飯田間を豊橋経由(202km)で結ぶ急行「伊那」が運転されていて、所要時間は4時間程度。
    これに対し、中央本線と中津川線を通るルートは豊橋経由の半分ほど(約116km)で、所要時間も1時間半から2時間と大幅に短くなるはずでした。

    しかし、工事は順調には進みませんでした。当初は飯田市から阿智村にかけて用地買収が難航。
    神坂トンネルは1972(昭和47)年から試験的な掘削工事が始まりましたが、このトンネルの飯田寄り(昼神)で水抜きボーリング工事を行っている最中、温泉が湧出します。

    中津川寄り(神坂)の工事現場でも、掘削用の機械が故障して工事が中断するなど、トラブルが続出。
    こうしたこともあって、中津川線に割り当てられた建設予算の一部はほかの新線に回され、完成のめどが立たなくなりました。


    (出典 contents.trafficnews.jp)

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    (出典 imgc.eximg.jp)
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    中止の背景に「ライバル」の登場

    しかも1975(昭和50)年、中央自動車道のうち中津川線に並行する部分(恵那山トンネル)が開通。
    名古屋と飯田を2時間半程度で結ぶ高速バスの運行も始まりました。
    「ライバル」が先に整備されたことで、中津川線の建設を求める沿線の声は小さくなったのです。

    こうしたなかで国鉄の経営が悪化。1日1km平均の利用者数(輸送密度)が4000人未満と想定される国鉄新線の工事は凍結されることになり、
    輸送密度が1800人と想定された中津川線も1980年度で凍結されました。

    中津川線の工事の痕跡は、いまもわずかに残っています。伊那中村~伊那山本間は全長約1.5kmの二ツ山トンネルを含む工事がほぼ完成。
    このうち二ツ山トンネルとその前後の路盤は工事が凍結されたころの姿を残しています。
    しかし、伊那山本寄りの路盤は国道153・256号のバイパスルートとして再整備され、鉄道の路盤の面影はなくなりました。

    一方、温泉が湧き出た昼神では観光開発の機運が高まり、1975(昭和50)年に1軒の旅館がオープン。
    いまは約20軒のホテルと旅館が営業しています。
    歴史の浅い温泉ですが、中央自動車道の開通でアクセスしやすくなったこともあり、観光客が増加。1977(昭和52)年の宿泊客数が5万人くらいだったのに対し、愛知万博が開催された2005(平成17)年には48万人が宿泊しました。

    その後は減少が続きましたが、環境省が「最も星の観測に適した場所」として阿智村を選定したのを機に、2011(平成23)年から「きれいな星空が見える温泉」としてアピール。
    これが功を奏して再び客が増えました。このほか、神坂トンネルの中津川寄りにもトンネル工事の痕跡があり、温泉施設の遊水池の先にトンネルの入口が残されています。

    ちなみに、現在工事中のリニア中央新幹線も、飯田市から中津川市に抜けるルート。そう遠くない時期、中津川線の「代替鉄道」として機能することになりそうです。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190910-00089384-norimono-bus_all
    9/10(火) 6:00配信


    (出典 image.gnst.jp)


    (出典 hirugamionsen.jp)


    (出典 prtimes.jp)


    (出典 www.filmscan-print-s.com)


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    北陸新幹線は東京と北陸を結ぶ区間が開業し、北陸と大阪を結ぶ区間も実現に向けて動いています。しかし、富山県石川県の県境近くには、幻に終わった北陸新幹線トンネルの痕跡が。そこには計画の「変転」がありました。

    温泉の近くにトンネルの入口

    東京と北陸地方を直結する北陸新幹線。1997(平成9)年に高崎~長野間が開業し、2015年には長野~金沢間が延伸開業しました。いまは金沢~敦賀間が工事中で、敦賀~新大阪間も詳細なルートの検討が進行中。幻に終わった鉄道路線ではありません。

    しかし、富山県内には工事が途中で中止された北陸新幹線トンネルがあり、いまも石川県との県境に近い山奥の温泉地に、工事の痕跡を見ることができます。

    その場所の住所は小矢部市名ヶ滝。北陸新幹線新高岡駅(高岡市)からJR城端線あいの風とやま鉄道線を乗り継いで石動駅で下車し、この駅からバスで30分ほどの宮島温泉停留所へ。ここから西へ5分ほど歩くと、脇にトンネルの入口が見えます。半円形の入口は草むらで覆われており、注意しないと見過ごしてしまいそうです。

    これは北陸新幹線の「加越トンネル」。正確には作業坑(建設資材を搬入するためのトンネル)の入口で、ここから数百m先にある本坑(列車が走るトンネル)につながっています。しかし、入口の大半はコンクリートで埋められていて、わずかに空いている部分も鉄柵のドアで閉鎖。内部の様子はよく分かりません。

    加越トンネルの工事が中止されたのは、北陸新幹線ルートが変更されたためです。

    北陸新幹線は1973(昭和48)年の整備計画決定後、オイルショックや国鉄の経営悪化などで着工できない状態が続きました。そこで1988(昭和63)年、当時の運輸省富山県から石川県にかけての部分だけ、「スーパー特急方式」で整備する案を示します。

    在来線特急が乗り入れる方式で着工

    スーパー特急方式は、トンネルや高架橋などを新幹線の標準的な規格(フル規格)で建設する一方、線路は在来線と同じものを敷いて、当面は在来線の特急列車を走らせるもの。フル規格に比べて速度は遅いものの、標準的な在来線よりは高速運転が可能で、所要時間も若干短縮できます。

    また、スーパー特急方式で整備したあとにフル規格の新幹線を改めて整備することになったとしても、線路を敷き直すだけでフル規格にすることが可能です。フル規格で建設しながら当初は在来線の列車のみ走り、のちに北海道新幹線の列車も走るようになった青函トンネルと、よく似た方式といえます。

    運輸省が示した案では、高岡駅と西高岡駅のあいだにある在来線北陸本線)と北陸新幹線(当初予定ルート)の交差地点にアプローチ線を整備。ここから金沢駅まで北陸新幹線スーパー特急方式で整備し、前後の在来線を走る特急列車を乗り入れさせることが考えられました。こうして1989(平成元)、全長約6kmの加越トンネルの工事が始まりました。

    ただ、北陸新幹線をはじめとした整備新幹線並行在来線は、新幹線の開業にあわせてJRから分離し、沿線自治体第三セクターが経営を引き継ぐことになっていました。高岡~金沢間がスーパー特急方式で建設されれば、これに並行する北陸本線の高岡~金沢間の経営がJRから分離されることに。そのため、小矢部市など北陸新幹線の駅を設置する計画がない北陸本線の沿線自治体では、経営分離に対する反発が高まっていました。

    「出口のないトンネル」活用策は?

    そこで富山県は、スーパー特急方式の工事区間を石動~金沢間に変更することを提案します。こうすれば、北陸本線の経営分離区間も石動~金沢間に短縮され、富山県内でJRから分離される区間は県境部分のごく一部だけになります。

    こうして1992(平成4)年、新ルートによる工事が始まりました。一方、加越トンネルは幅5mの作業坑(建設資材などを搬入するためのトンネル)が285m、幅9mの本坑(列車が走るためのトンネル)が300mほど完成しましたが、新しいルートは加越トンネルから大きく離れたため、工事は中止。1997(平成9)年、工事を担当した日本鉄道建設公団(現在の鉄道建設・運輸施設整備支援機構)は、加越トンネルの完成した部分を富山県に譲渡しました。

    加越トンネルはいまも富山県が管理していますが、具体的な活用策が出てこないまま20年以上が過ぎました。当初はキノコ栽培や食料貯蔵庫として使う案が検討されたものの、空調の整備など多大な追加投資が必要なことから断念されています(1997年9月2日付け朝日新聞大阪地方版/石川)。

    続いて富山県は、一般からトンネルの活用策を募集しました。「県営のカラオケボックス」「核シェルター」などの応募があったものの、これらも採算性などの問題から実現していません(1997年9月2日付け朝日新聞東京地方版/富山)。

    ちなみに、北陸新幹線は2004(平成16)年、長野~金沢間をフル規格で一括整備することが決定。スーパー特急方式で工事中だった石動~金沢間はフル規格に「格上げ」され、線路は最初から新幹線用のものが敷かれました。そのため、北陸本線富山県内の全線が第三セクターあいの風とやま鉄道に引き継がれています。ルートを変更して経営分離区間を短くしようというもくろみも幻に終わりました。

    当初のルートを変更して開業した北陸新幹線(2016年3月、恵 知仁撮影)。


    (出典 news.nicovideo.jp)

    幻の北陸新幹線「加越トンネル」建設中止から20年以上、その名残いまも富山の山奥に(乗りものニュース) - Yahoo!ニュース
    東京と北陸地方を直結する北陸新幹線。1997(平成9)年に高崎~長野間が開業し、201.
    (出典:Yahoo!ニュース)


    加越トンネル(かえつトンネル)は北陸新幹線の 高岡駅 - 金沢駅間に建設中だったトンネルである。ルート変更により営業に使用されることなく放棄された。 1989年(平成元年)1月17日の整備新幹線本格着工の決定に伴い、同年8月2日に難工事先行工事として着工した。元々の北陸新幹線の計画は、金沢駅 - 新高岡駅
    6キロバイト (764 語) - 2019年9月7日 (土) 13:25



    (出典 contents.trafficnews.jp)


    ここにも新幹線が通るためのトンネルがあったんですね。スーパー特急方式になっていたらどうなっていたのかな?

    <このニュースへのネットの反応>

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